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INPS JAPAN   IDN-InDepthNews - UN INSIDER
│ベトナム│戦争と平和のテーマを融合し傷を癒す映画

 

【ホーチミンシティIPS=トラン・ディン・タン・ラム】

 

30年以上にわたって米国とベトナムとの間に横たわる傷をどう癒すかあるベトナム人監督がこうしたテーマに挑んだ映画を完成させた。監督・脚本はダン・ナット・ミン氏で、映画の題名は「焼くことなかれ(Don’t Burn)=邦題:きのう、平和の夢を見た」。この映画は、米国によるベトナム軍事介入が加速した1970年代初頭に米軍兵士によって射殺された当時27才の女医ダン・トゥイ・チャム(Dang Thuy Tram)が残した日記を映画化したものである。

|ニュージーランド|アジア系イスラム教徒の本音

 

【シドニーIPS=ニーナ・バンダリ】

 

多様なニュージーランド社会で確固たる存在感を持つアジア系イスラム教徒に新たな光を当てる本が出版され、展示会も同時に開催されている。

The Crescent Moon: The Asian Face of Islam in New Zealand」(仮題:三日月-ニュージーランドのアジア系イスラム教徒)は、ニュージーランドを社会経済学的、文化的に豊かにしてきたイスラム教と多様なアジア文化をより良く理解し正しい認識を深めるため、インド、マレーシア、インドネシア、フィジー出身のイスラム教徒に関して伝えている。

|中東|平和・共存を呼びかける女性デュオ

 

【エルサレムIPS=ジェロルド・ケッセル、ピエール・クロシェンドラ】

 

毎年5月になるとヨーロッパ諸国や地中海沿岸国から国を代表する歌手が集まり、国別対抗の大々的な音楽祭が開かれる。今年の『ユーロビジョン・ソング・コンテスト』はモスクワで5月12日から16日までの日程で開催され、テレビ視聴者は1億人を超えると見られている。

歌唱力・振り付け・華々しさなどコンテストには様々な評価基準があるが、特に今年度は「イスラエルによる戦争行使の正当性」の問題をめぐる評価・議論が紛糾し、政治色の強いコンテストになると予測されている。


イスラエルの放送局(IBA)はイスラエル代表として生まれの異なる女性デュオを選んだ。ユダヤ系イスラエル人のAhinoam Nini(39)さんと、アラブ系イスラエル人の血を引くMira Awad(33)さん。彼女たちは2人とも平和主義者である。

|アジア太平洋|隣国インドネシアを知ろう、オーストラリアが呼びかける

【メルボルンIPS=スティーブン・デ・タルチンスキ】

両国間関係の一層の強化に熱心な関心を寄せるオーストラリアとインドネシアが、2月末、政治、実業、宗教、学術、市民社会の代表を含む多方面の指導者の参加を得て3日間のサミットをシドニーで開催した。

セミナーでは、環境、民主主義、経済発展および投資に関する他、両国国民のそれぞれに対する認識や理解についても議論が行われた。


両国は現在活発な外交関係を維持している。2008年における両国閣僚の相互訪問は32回に及んだ。インドネシアはオーストラリアの最大被援助国だが、先のビクトリア州の山火事の際には100万豪州ドルの支援を約束するとともに法医学チームを派遣した。また両国は2005年に、経済、技術、安全保障分野での協力を図るため包括的なパートナーシップ協定を締結している。


しかし70人のインドネシア代表団を率いたハッサン外相が「両国関係の強化を図るためには、両国の政府の努力だけでは十分ではなく、両国の国民の関与が必要」とサミットで述べたように、政府間レベルの良好な関係は必ずしも両国国民間の関係に反映されていないことが懸念されている。


シドニーに本拠を置く国際的なシンクタンク「ローウィー国際政策研究所」が実施した2008年の世論調査でも、オーストラリアに対するインドネシアの認識は改善してきている一方で、インドネシアに対するオーストラリア国民の認識は同国政府ほど熱心ではないことが明らかにされている。


オーストラリアはこの点を改善する上で教育が大切と考えており、オーストラリアのラッド首相はサミットでの晩餐会で、大学や学校レベルでのインドネシア語やインドネシア研究の推進とインドネシアのイスラム教の理解の促進に向け一層の努力が必要と述べた。


インドネシアに関する理解促進に向けたオーストラリアの動きは、影響力を増すアジア地域への関与を強化したいと考える同国の取り組みのひとつと思われる。


オーストラリアとインドネシアの関係強化への動きについて報告する。(
原文へ


翻訳/サマリー=IPS Japan浅霧勝浩


関連記事:

オーストラリア連邦裁、宗教イベントにおける言論の自由を認める

 

|本|ブッシュ・ドクトリンは単なる歴史の反復か

【ニューヨークIPS=ダニエル・ルーバン】

 

ブッシュ前大統領の外交政策は、普遍的優位性と民主主義を目指す米国の原則からの逸脱だったのだろうか。それとも常に存在していた衝動の現れだったのか。イラク戦争は伝統の進歩的国際主義(ウィルソン主義)の発現だったのか背信だったのか。オバマ新大統領が進歩的国際主義に回帰すれば、ブッシュの生み出した混迷を修復できるのだろうか。

新刊書「The Crisis of American Foreign Policy: Wilsonianism in the Twenty-First Century (米国の外交政策の危機:21世紀のウィルソン主義)」(プリンストン、2009年)の中で、4人の米国の政治学者、G.ジョン・アイケンベリー、トマス・ノック、トニー・スミス、アンマリー・スローターがこの問題を論じている。

│レバノン│キリスト教系リーダーがシリア訪問

【ベイルートIPS=モナ・アラミ】

 

レバノンのキリスト教系リーダーのひとり、ミシェル・アウン将軍がシリアを訪問した。アウン将軍の属する自由愛国者運動(FPM)とシリア政府は長年対立しており、両者の和解に向けた第一歩となった。

アウン将軍は、1988年、当時のジェマイケル大統領から暫定内閣の首相に任命された。当時起こっていたレバノン内戦において、シリアの勢力と敢然と闘い、レバノン国民、とりわけキリスト教系市民からの人気を集めた。


15年にわたる内戦はシリアの勝利で1990年に終わり、アウン将軍は亡命した。将軍がレバノンに戻ってきたのは、レバノンのハリリ首相が暗殺されて1ヵ月後の2005年5月のことであった。暗殺事件の陰にはシリア政府がいたと言われるが、逆にこの事件によってシリアのレバノンに対する29年間にわたる支配が終焉を迎えることになった。

|文化|パキスタンの自由な一面を示す国際舞台芸術祭

【ラホールIPS=ビーナ・サルワル】

 

外国から約370人の俳優、音楽家、舞踊家、人形師が集まり、パキスタンの文化都市ラホールで11月13日から世界舞台芸術祭が開催された。民間主催の同芸術祭は、今は亡きラフィ・ピールが1980年代初めにカラチに創設したラフィ・ピール・シアター・ワークショップ(RPTW主催の国際フェスティバルを含めると26回目のフェスティバルとなる。

ラフィ・ピールはドイツで教育を受けた近代パキスタン舞台芸術の祖である。彼の双子の息子ファイザーンとサダーンは人形劇および演劇のキャリアをカラチで開始。人形劇に情熱を燃やしていたファイザーンは、1992年、生まれ故郷のラホールで世界の人形師を招き第1回国際フェスティバルを開催した。ピール兄弟はそれ以来、人形劇、舞踊、音楽演劇、映画関係のフェスティバルを年3回主催している。

|エジプト|食糧高騰の影響で庶民の味が復活

【カイロIPS=アヤ・バトロイ】

 

エジプトの代表的な料理『コシャリ(Kushari)』は、誰もが気軽に食べる一般的な食べ物だ。国民食であるコシャリは、ご飯、パスタ、レンズ豆などを重ね合わせ、上にはホットソース、トマトソース、ガーリック、揚げたタマネギなどを添えたもの。

エジプトでは近年深刻さを増している低賃金と物価上昇の問題が国民の食生活を大きく変えようとしている。コシャリは低価格であるため、今や食糧価格の高騰に悩まされているエジプト人にとっての主食になった。野菜や肉は今や贅沢品であり、人々はリーズナブルなコシャリを見直し始めている。

|イラク|本|クルド系ユダヤ人が思い出す失楽園

【サンフランシスコIPS=アーロン・グランツ】

 

米国政府の役人やメディアは、米国占領下にあるイラクで続く暴動に関して、互いに殺し合うイラク人の国民性を野蛮とみなして語ることが多い。9日の副大統領候補者の討論で、民主党のバイデン氏は「過去700年の歴史がイラク人はたがいに仲良くできない民族だと示している」と述べた。だが、それは真実だろうか。

クルド系米国人ジャーナリストのアリエル・サバル氏の新作、「My Father’s Paradise: A Son’s Search for His Jewish Past in Northern Iraq(父の楽園:息子が求めたイラク北部のユダヤ人の過去)」には、イラクの別の歴史が美しく描かれている。

|カンボジア|戦前のクメール音楽、復活

 

【プノンペンIPS=アンドリュー・ネット】

 

1975年に政権を握ったクメール・ルージュは、いわゆる伝統文化を堕落、頽廃の象徴として組織的に破壊した。音楽も例外ではなかった。国民の誰もが知っている歌手のシン・シサマウス(Sin Shisamaouth)、セレイソシア(Sereysothea)を始めとする多くの歌手が彼らに殺害された。

当時最も人気のあった女性歌手ロス・セレイソシアのショート・ドキュメンタリーの上映実現に奔走するグレッグ・カヒルは、「当時のカンボジアは、アジア音楽シーンの中で最も進んでいたが、クメール・ルージュはレコーディング・スタジオやレコードなど音楽に関する全てのものを手当たり次第に破壊した」と振り返る。しかし、多くのレコードが海外亡命者のお蔭で生き残った。そしてサイケデリックからラテンまで様々なスタイルの数千に及ぶ曲が国際的関心を呼ぶに至った。