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│ノーベル平和賞│マハトマ・ガンジーには何故授与されなかったのか?(J・V・ラビチャンドラン)

IDN-InDepth Newsオピニオン=JV・ラビチャンドラン】 

 

小説「戦争と平和」の執筆にあたって、作者のレオ・トルストイは、真実に近づくために、あえて現実とフィクションの境を曖昧にする独特の手法で、歴史的な出来事を再現したと言われている。

2009年のノーベル平和賞では、今後への期待とこれまでの実績との間の境界線が限りなく曖昧にされた。受賞者のバラク・オバマ大統領自身が、受諾演説の中で今回の自身の指名が議論を呼んだ点について触れたことは良く知られていることだが、それまでの政治声明に対する評価と実際の功績の間にはなお隔たりがあるのが現実である。

 
しかもオバマ大統領の最近の決定や政策を見る限り、急いで歴代のノーベル平和賞受賞者と同等に列せられるような利他的な貢献は見当たらない。なぜなら、マーチン・ルーサー・キング牧師やマザー・テレサ、ダライ・ラマといったほぼ全ての平和賞受賞者が、無私の貢献で世界平和に向けたポジティブな変化をもたらした人々だからである。

世界最高権威の一つであるノーベル賞の受賞者選考について、選考委員会による基準が曖昧だったのは今回が始めてのことではない。過去においても、実際の功績と関連性の観点から、選考基準が曖昧なケースが少なくないのが現実である。その中でも最も議論を呼ぶのがマハトマ・ガンジーのケースだろう。

一貫性の欠如

インドの週刊「オープン」紙のサンディーパン・デブ編集長は、最近執筆した「私のノーベル賞候補者」と題した記事の中で、選考委員会に関する同様の矛盾点について指摘している。「(当該部分抜粋):ノーベル文学賞は、従来どちらかというと奇異な賞である。なぜなら受賞者の多くは人々の記憶から長らく忘れ去られた人々であり、その選考基準は度々理解しがたいものだからである。例えば最初の3人の受賞者について考察してみよう。1901年受賞のシュリ・プリュドム、1902年受賞のテオドール・モムゼン、1903年受賞のビョルンスチャーネ・ビョルンソン。これらの人々は果たしてどんな人々だったのだろう?そして2008年のノーベル文学賞はフランス人のジャン=マリ・ギュスターヴ・ル・クレジオが受賞した。しかしデリーのアリアンス・フランセーズ図書館でさえ、彼の作品を1冊も収蔵していなかったのである。」

ガンジーの受賞が欠落している点については、ノーベル財団自身のウェブサイトに「マハトマ・ガンジー:欠落した受賞者」と題した記事が掲載されている。

ノーベル平和賞の歴史的受賞候補者となったマハトマ・ガンジーとバラク・オバマ大統領。前者は、最終的に受賞に至らなかったことで、一方後者は、受賞されたことで物議をかもすこととなったが、両者の選考プロセスに影響したと思われる曖昧な判断基準について分析したい。

選考委員会自体によって書かれたノーベル賞の歴史には、「マハトマ・ガンジーは、1937年、38年、39年、47年、そして、48年1月に暗殺される直前に平和賞にノミネートされた。ガンジーに賞を与えなかったことを後の選考委員らは後悔することになる。ダライ・ラマが1989年に賞を取ったとき、選考委員長は、ダライ・ラマの受賞には『ガンジーの記憶に対する賛辞という意味合いもある』と発言した」と記されている。

ガンジーがノーベル平和賞受賞から外された理由について、たとえ「理性のつかの間の喪失(a momentary lapse of reason)」として理解しようとしても、当時受賞候補に上ったガンジーの調査にあたった選考委員会が示した「一貫性に欠ける」諸見解を見ると、(受賞から外した理由が)他にあったか、或いはむしろ理由すらなかったのではないかと思われるのである。

ガンジーが最初にノーベル平和賞受賞者候補となった際に調査にあたったヤコブ・ヴォルム=ミュラー教授は、当時世界的に注目を浴びていたガンジーを推薦しない理由として、奇妙な「矛盾論」を展開した。

上記のウェブサイトによると、ミュラー教授は、「ガンジーの有名な南アフリカにおける闘争はインド人のためだけのものであり、生活状況がさらに劣悪な黒人のためのものではなかった点は重要であるといえよう。」と述べ、「ガンジーの掲げる理想が普遍的なものか、それともインド人だけのためのものかについて疑いがあったためだ。」と解説している。

なんだって?

それではマーチン・ルーサー・キング牧師がユダヤ人のために闘ったとでもいうのだろうか?或いは、ダライ・ラマが中国人のために闘ったとでもいうのだろうか?

ノーベル賞の持つ真正が失われ始めるのはまさにこの点であり、その世界最高峰の権威も、選考委員会に関係する少数の個人による主観的な判断という曖昧な領域の中に消失してしまうのである。

また上記のウェブサイトにはこのような記述がある。「マハトマ・ガンジーにノーベル平和賞を授与しなかったことについてはこれまでにも疑問を呈する声が度々上がってきた。それらは、①ノルウェー政府によるノーベル選考委員会は、視野が狭かったのだろうか?②選考委員会のメンバーはヨーロッパ人以外の人々による自由への闘いを評価することが出来なかったのだろうか?③あるいは、選考委員会のメンバーは、ガンジーへの授与が(インドの宗主国である)英国とノルウェーの関係に悪影響を及ぼすリスクを恐れたのだろうか?というものであった。」

これに関して、既に紛争状態にある土地(=アフガニスタン)に2万人の兵士を派遣することを発表した直後のオバマ大統領に最終的に平和賞を授与したことは、こうした疑問リストにさらなる1ページを加えることになるだろう。

さらにガンジーの未受賞問題について最も関連すると思われる部分(インド独立前夜に発行されたタイムズ紙からの引用文)が同ウェブサイトに記されている。

「ガンジー氏は今夜の礼拝集会において次のように語った。それまで一貫して全ての戦争に反対してきたが、もしパキスタンから正義を獲得する術が他になく、またパキスタンがあくまでも明らかな過ちを認めずそれを過小評価し続けるならば、インド政府はパキスタンと戦わざるを得ないだろう。誰も戦争は望まない。しかし、いかなる人々に対しても、不正義に甘んじるようアドバイスすることはできない。たとえ全てのヒンズー教徒が正義のために全滅したとしてもやむを得ないだろう。戦争が起こればパキスタンのヒンズー教徒は国内の敵対勢力とはなり得ない。もし彼らの忠誠心がパキスタンにないならば同国を去るべきである。同様にパキスタンへの忠誠を誓うイスラム教徒はインドに留まるべきではない。」(ただし、この報道についてガンジー自身は、同会合での発言の全てをカバーしたものではないと述べている:IPSJ

一方でオバマ大統領の受賞式における演説内容の一部を以下に抜粋する:

「私はあるがままの世界に立ち向かっている。米国民への脅威に対して、手をこまねいていることはできない。間違ってはいけない。世界に邪悪は存在する。非暴力の運動では、ヒトラーの軍隊をとめることはできなかっただろう。交渉では、アルカイダの指導者たちに武器を置かせることはできない。」
 
 
タイム誌が引用したガンジーの発言内容とオバマ大統領の受諾演説内容を比較すると、明らかな違いは「悪」という単語の使い方である。もっともオバマ氏の場合、政治的に正しい声明を求める支持者や聴衆の期待に応え、(追加派兵等の)厳しい手段をとっていくことを本国で正当化するためにもテロ組織を邪悪な組織として位置づけ、善悪の違いを常に明確しなければならなかった事情は理解できる。

もし、(ガンジーの場合のように)その時々の事情で戦争の必要性を公言した者が、それを理由にノーベル平和賞の選考から外されるとするならば、オバマ大統領に対しても同様の基準が適用されてしかるべきだったであろう。

ノーベル賞は、個人の実際或いは想定された功績に対して授与される訳だが、果たしてその判断基準には授与国の国益や受賞者の地位が影響を及ぼしているのだろうか?(原文へ

翻訳=INPS Japan

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