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|ネパール|王国から共和国となって、人々の生活

 

【レレIPS=マリカ・アリアル】

ネパールが共和国宣言を行った時、カトマンズはにぎやかな祝賀ムードに包まれた。レレでもやや控えめな行進が行われたものの、住民の多くはあまり関心がなかった。レレではこれまでネパール・コングレス党が優勢だったが、4月10日の制憲議会選挙ではマオイストのバルシャ・マン・プン・マガル氏がコングレス党の対立候補ウダイ・シャムシェル・ラナ氏を15,329票対14,011票で破った。

「この辺りの村ではネパールが今や共和国になったと知っているものは少ない。知っていてもそれが何を意味するかを本当に分かってはいない」とスナルさんはいう。スナルさんはかつて、現在の制憲議会で第3位となったネパール共産党統一マルクス・レーニン主義派(UML)の忠実な支持者だったが、数年前にマオイストに加わり、今はレレのダリット解放戦線の書記を務めている。

 
「マオイストは村のダリットや他の抑圧された人々への差別をなくすために頑張ってきた」とスナルさんは家族が見下されていた頃を思い出して語る。茶店ではカーストの上位の人々と一緒の席に座ることは許されず、地元の茶店ではどこでも、お茶を飲んだ後で自分のコップを洗わなければならなかった。

スナルさんの妻のラクシュミーさんは慎重に言葉を選んで語る。「国王がいなくなっただけでは十分ではない。政党は国王よりもうまく国を治められるということを実際に国民に示さなければならない。生活水準が向上し、道路、開発、建設工事が行われ、子どもたちが無料で学校に通えて、私たちが医療の心配をしなくてよいようにならなければ、王もマオイストも他の政党も、私たちのような貧困層には皆同じだ」

レレにあるヒンズー教寺院では、僧侶のラム・プラサド・ギミレさん(65歳)が都会からやってきた参拝者を案内していた。ギミレさんはギャネンドラ前国王が荷物をまとめて王宮を出ていくのに2週間しか与えられなかったことを知っている。「政党は過ちを犯したが、気の毒な国王にも非がある」とギミレさんはいう。

ギミレさんは国王を退去させたやり方については憤慨しているが、国民が共和国を望んでいることは理解している。「それでも240年続いた制度を簡単になくしてしまっていいのだろうか。ビシュヌ神の生まれ変わりとみなしている人物への崇拝をやめるのか。価値観や伝統を手放すのはそれほど簡単だろうか」とギミレさんは自問している。

先週の閣議では、ヒンズー神の生まれ変わりとして崇拝されている前国王に、カトマンズ郊外のナーガールジュナ宮殿に住む許可が下された。また6月8日の夜遅く行われた閣議では、マヘンドラ故国王の妻で80歳のラトナ皇太后に、ナラヤンヒティ宮殿の敷地にあるマヘンドラ・マンジルに住む許可が下された。

ネパールの農村部は「人民戦争」の間に軍隊と反乱軍との紛争に巻き込まれることが多かったので、マオイストが権力を持つことで戦争はついに終わったという非常に強い期待感がある。

日雇労働者のアーシャー・カジ・マハルジャンさんのような人々の多くは、世の中は良い方向に変わりつつあると期待している。「全面戦争を経験したし、制憲議会選挙に投票した。そして今、新憲法が作成されているのだから、もちろん世の中は変わる」とマハルジャンさんはいう。

レレの町では、過去18年間ネパール軍に勤務していたバル・クリシュナ・シルワルさんが休暇を取って家に戻っていた。シルワルさんは戦争中にネパール西部でマオイストに対する主要作戦に加わっていて、戦争が終わったことを安どしている。「軍の最高司令官が誰になっても仕えるつもりだ」シルワルさんはいう。

けれどもシルワルさんは政党が国王の処遇の決定を急ぎすぎたと考えている。「国王は退位するにしても、国王を退かせる正しい方法は国民投票を行うことではなかっただろうか」とシルワルさんはいう。住民の多くと同じように、ネパールが王政であろうとなかろうと貧しい人々にはどうでもよいことだとシルワルさんは考えている。「人々は食料、水、仕事、道路、開発を望んでおり、誰が国を支配しようとかまわない」とシルワルさんは語った。

昼時になると、地元の茶店にはレレと近隣の村からの客があふれる。バヌ・バハドール・ラマさんはレレから20キロ離れた村Sanghumarからやってきた。息子のミム・ラマさん(20歳)はネパール軍に入隊していたが、3年前にカイラリでの激しい戦闘で死亡した。ラマさんの住む村では、村人のほぼ全員がマオイストに投票したが、ラマさんはコングレス党に投票した。「息子がマオイストに殺されたのに、マオイストに投票できるわけがない」とラマさんはいう。

息子を失ってから、ラマさんは妻と3人の幼い子供に1日2回の満足な食事を与えるために大変な苦労をしている。「ネパールが共和国になろうが、国王が宮殿を出ようが関係ない」とラマさんはいう。「息子はいない。私の人生はもう終わりだ。心配なのは家族を養うだけの稼ぎが今日あったかどうかだけだ」(原文へ

翻訳=IPS Japan

 

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