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ジェネリック医薬品で数百万人の命を救った現代のロビン・フッド

【ジュネーブIDN=マーティン・コー】

 

今回は、これまで途上国でエイズをはじめとする難病に苦しむ数百万の人々の命を救うために、誰よりも尽力してきたといってよい偉人を終日取材する機会があった。

 

その人物とは、インド最大のジェネリック医薬品企業「シプラ」社(1935年創業)の会長で同社の顔とも言うべきユスフ・ハミード博士(77歳)である。先般ムンバイの本社で取材に応じてくれたハミード博士は、目を輝かせながら、実に様々なトピックについて語ってくれたが、彼の口から弁舌巧みにアイデアが次々と繰り出される様子は、あたかも「大河」をほうふつとさせるものだった。

 

こうした非凡なハミード博士が持つ独特の迫力と魅力は、彼の明晰な科学的思考(ハミード氏はケンブリッジ大学で化学博士を取得)と、不公正を正し世界の貧しい人々のためになることをしたいという情熱、さらには、発想を実践的な製品に転換できる卓越した技能と、そこから同時に収益もあげるというビジネス原則が融合し合ったところに由来しているようだ。

 

ハミード博士は、高品質なエイズの抗レトロウィルス(ARV)薬を、途上国、とりわけアフリカ諸国の人々でも入手できるような低価格による供給を可能にした立役者として、世界的に有名な人物である。

 

しかしそこに至るまでに、ハミード博士をはじめとする保健活動家のネットワークや国際機関は、少数の多国籍製薬企業が特許を盾にエイズ薬品市場を独占してきた旧来の体制と対峙しなければならなかった。

 

それまでエイズ治療には、患者一人当たり年間12,000ドルから15,000ドルがかかっていた。しかしハミード博士は、従来高価で服用が面倒だったARVの中から最も効果的な3種(=ラミブジン/スタブジン/ネビラピン)を混合した「トリオミューン」という錠剤を開発し、患者一人当たり年間350ドルで提供すると発表した。

 

この発表がなされたのは2001年のことだが、当時これに深刻な危機感を募らせた多国籍製薬企業は、ハミード博士を、特許で保護されている3種の薬を混合してジェネリック版を提供している「特許侵害者」と非難した。

 

しかし、ハミード博士の行動は、世界中のエイズ患者と患者を支援するグループにとっては朗報で、大きな希望をもたらすものだった。ハミード博士は、彼らにとっていわば現代の「ロビン・フッド」なのである。

 

国連機関によると、2001年当時に高価なエイズ治療薬を入手できるアフリカ人は4000人しかいなかったが、2012年にジェネリックのエイズ治療薬を利用した人は世界で800万人を超え、患者一人当たりの年間コストも85ドルまで下がっていた。

 

この間、ジェネリックのエイズ治療薬によって多くの人命が救われたが、その8割はインドの製薬会社が供給したものであった。しかし世界のエイズ患者の数は、依然として4000万人近くに及ぶことから、さらに大がかりな対策がとられなければならない。

 

2003年に強制実施権(強制実施権が発動されると、当該特許権者の事前承諾を得ることなくその技術を使うことができる:IPSJ)を世界で最初に発動したマレーシアも、ハミード博士の行動の恩恵を受けた国の一つである。強制実施権発動の動機は(価格が安い)シプラ社製の3種のエイズ薬を輸入することだったが、特許を有する大手製薬各社が対抗策として医薬品の値段を下げたため、マレーシア保健省は、特許薬を従来より安価に大量に輸入して、より多くのエイズ患者に治療を行うことができた。

 

がん治療に目を向ける

 

ハミード博士は現在、次なる関心を抗がん剤に移しつつある。昨年シプラ社は、主力のジェネリック抗がん剤3種(腎臓がんの治療薬ソラフェニブ、肺がんの治療薬ゲフィチニブ、脳腫瘍の治療薬テモゾロミド)の価格を、最大75%引き下げた。この判断についてハミード博士は、「がん患者が手頃な値段で抗がん剤を入手できるように、かつて私たちがエイズ治療薬に対してとったと同じような行動を起こす時が来たのです。」と語った。

 

ソラフェニブのオリジナルの抗がん剤で、ドイツの製薬大手バイエル社が特許を持つ「ネクサバール」だと、月間5091ドルの治療費がかかり、一般のインド人には手が出ない。強制実施許諾を得たインドのナトコ社はジェネリック薬を160ドルで販売しているが、シプラ社は昨年、価格をさらに124ドルにまで引き下げた。

 

ハミード博士はまた、その他の疾病に関する最新の科学的動向もきちんと把握しており、解決策を常に模索し続けている。

 

今回の取材では、ハミード博士に、数年前に猛威を振るった鳥インフルエンザ耐性マラリアが広がっている問題、さらには多剤耐性肺結核の脅威について質問したが、それぞれの疾患に対応できるジェネリック医薬品を作り上げるために、これまでどのような取り組みを進めてきたかについて、詳細に語ってくれた。

 

また、致死率が高い多剤耐性結核に対して、博士が最も効果が期待できると考えている、現在研究中の新薬に関する学術論文を手渡してくれた。

 

シプラ社は現在、従業員20,000人で、34か所の製造工場において、65の薬効分野に及ぶ2000以上の医薬品を製造している。製品の販売網は170か国におよび、年間売り上げは14億ドルを超える。

 

シプラ社は、1939年に同社を訪れたマハトマ・ガンジーが説く「民族主義と自主・自立の精神」をモットーに発展した製薬企業で、今日ではインドのジェネリック医薬品の筆頭格メーカーとしての地位を築いている。当時、ガンジーは欧州大戦勃発に伴う医薬品不足に対応するため、シプラ社の創業者であるフワージャ・アブドゥル・ハミード(ユスフ・ハミード博士の父)博士を訪れ、医薬品のインド国内における生産を始めるよう要請したのだった。

 

 

不透明な未来

 

ハミード博士は、インドの製薬業界の前途にはいくつかの暗雲が垂れ込めているとみている。そのひとつは、2005年にインド政府が世界貿易機関(WTOの規則に従って「物質特許制度」を導入した問題である。それ以前のインドでは、製法特許(有効成分の合成方法に関する特許)のみが認められていたため、先進国の製薬会社が特許をもつ医薬品と同一成分の薬を作っても、製造法さえ違えば国内では特許権の侵害にならなかった。しかしWTOの「知的所有権の貿易関連の側面に関する協定」(TRIPS協定)に従って新たに物質特許(有効成分を保護する)が導入されたことにより、以後地元製薬企業は、特許薬のジェネリック版を製造する場合、政府から強制実施許諾を得なくてはならなくなった。

 

「個々の特許薬ごとに、政府に強制実施許諾を申請して取得するプロセスは大変煩雑なのが現状です。必要なのは、特許を所有する製薬会社に対して4%の特許使用料を支払うことで自動的に強制実施許諾(=義務条件付きライセンス)を取得できる制度を構築することです。」とハミード博士は語った。

 

そして2つ目は、インドを含むいくつかの途上国が、欧州や米国と自由貿易協定(FTA)を結ぼうとしていることである。ハミード博士は、これらのFTAには、締結国が、新たなジェネリック薬を製造・使用することを著しく妨げる条項が含まれている問題を指摘した。

 

さらに3つ目は、医薬品を生成するうえで不可欠な医薬品有効成分(APIの製造を強化する必要に迫られていることである。多くの国が、要求される医薬品の形状や量に従って最終製品を生成することが可能だが、医療品有効成分を生成できる国はインドと中国を含む一部の途上国のみである。

 

ハミード博士は、インドでは国内産業からのニーズがあるにも関わらず、既に国内におけるAPIの生成量が減少し、逆に輸入分への依存を深めていると現状を指摘したうえで、「もし中国とインドが海外へのAPI供給をしなくなれば、世界の製薬産業は崩壊に直面することになるだろう。」と警告した。

 

またハミード博士は、多くのジェネリック新薬が当局による安全検査待ちの状態にあり、とりわけ認可決定のペースも最近かなり遅れがちになっていることから、薬事行政の効率化と価格決定方針の改善が必要だと語った。

 

ハミード博士は、以前からの宣言通り、今年3月末にシプラ社の社長を退任して、会社の舵取りを他企業から抜擢した専門家チームに支えられた弟(M.K.ハミード氏)と甥に託し、4月1日に非常勤会長に就任した。

 

この経営者交代については、シプラ社の今後の方向性について様々な憶測が流れたが、今回ユスフ・ハミード会長と1日を過ごしてみて、少なくとも彼が生きている限り、インドをはじめ世界の途上国で病気に苦しんでいる貧しい人々のために、薬を作り続けるという大義が裏切られることはないと感じた。(原文へ

 

翻訳=IPS Japan

 

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