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ケニア国民、憲法改正を拒否

 

【ナイロビIPS=ジョイス・ムラマ】

ケニア国民は、11月21日、国民投票に掛けられた憲法草案をきっぱりと拒絶した。

ケニア選挙委員会(ECK)の発表によると、反対354万8,477票(投票者の57%に相当)、賛成253万2,916票という。

意気消沈したムワイ・キバキ大統領は、22日のテレビ演説で、「今回の投票で、ケニア国民が提案憲法を拒否したことが明らかとなった。これは、民主主義拡大へ向けての大きな一歩である。政府は、国民の判定を尊重する」と語った。

 
キバキ大統領と同氏のケニア国民連合(National Alliance Party of Kenya:NAK)は、与党連合National Rainbow Coalitionの亀裂にも拘らず、提案憲法の承認を訴えた。一方、自由民主党党首であるライラ・オディンガ道路・公共事業大臣は、野党のケニア・アフリカ民族同盟(Kenya African National Union:KANU)と組み、市民に反対票を投じるよう呼びかける運動を展開した。

提出憲法支持派はバナナを、反対派はオレンジをシンボルとし、読み書きのできないケニア市民は、投票の際にこれらシンボルを使用した。

反対派は、「提案された憲法は、大統領に対し強大な権限を与え過ぎる」と主張し、大統領と新たに設立される首相職とで執行権を分割するよう定めた前草案を採用するよう要求した。

この前草案は、首都ナイロビ郊外の民族文化劇場「ボーマス・ケニア」に因み「ボーマス草案」と呼ばれる。2003~2004年、同施設を会場として、政府、市民団体代表で構成される国民憲法会合が、ケニア新憲法はどうあるべきかについて協議を行ったのである。

同会議に先立ち、2000年には、憲法に盛り込むべき条項に関する国民の意見を聴取するため、ケニア憲法見直し委員会(Constitution of Kenya Review Commission)が設立され、全国規模の審議が行われた。同委員会は、「国民は、ダニエル・アラプ・モイ、ジョモ・ケニアッタによる権力乱用への反感から、大統領権力の制限を望んでいる」との報告を提出した。

21日の国民投票に掛けられた憲法草案は、今年7月にNAK議員が、大統領の強大な権力維持のためボーマス草案を修正して、大統領により任命される首相には執行権を認めないとしたものである。

21日の投票は、8人の死亡者を出した国民投票運動の時と異なり、穏やかに進められた。唯一の例外は、アフリカ最大のスラムといわれるキベラ(ナイロビ市内)地区で起こった暴力事件であった。キベラのランガタ選挙区は、八百長選挙を仕組んでいるのではないかと疑った若者達が、トラックの運転手に石を投げつけたことから一時騒然となったが、これは、運転手が、警察署に入る際にトラックの中身を見せるようにとの命令に従わなかったことが原因であった。

国内2万人、外国150人のオブサーバーと約6万人のセキュリティー担当者が、この歴史的な選挙を見守った。有権者は、朝の寒さをものともせず午前7時の投票開始前から長蛇の列をなした。

ナイロビのエンバカシ選挙区に住むFlorenceMakokhaはIPSの取材に応じ、「投票のためにやって来た。私の票は、選挙に影響を与えると思う。2人の息子と5時前にここに来た」と語った。

投票名簿に記載されていない者が投票に来たり、同一人物が2度も投票に現れるなど、不正行為も報告されている。多くの人が投票の際に提示するよう定められた国民身分証明書の代わりにパスポートを持って投票所に押しかけ、結局投票を許されたという事もあった。

ケニア市民の憲法草案拒否で、新たな憲法見直しに着手するかどうかの決定が下されるまで、植民地時代の憲法施行が続くこととなった。

ケニアッタ国際会議場における投票結果発表の際に、ECKのSamuel Kivuitu委員長は、市民に対し、憲法見直しを棚上げにしてはならぬと警告した。

同氏は、公式結果の発表を聞こうと会議場に詰め掛けた数百人の反対派の歓呼の中で、「国民の連帯と、統治権限は国民にあるのだということを保証するより良い憲法の制定に努力することは我々の義務である」と語った。

キバキ大統領は、2002年末の大統領就任時に、100日以内に新憲法を制定すると約束していたが、3年後の今も、ケニア国民は憲法制定を待っているのである。

憲法問題は別として、既に、国民投票の結果、政府に変化が起こるのではないかとの見方が広がっている。特に、2007年の選挙を見越して。(原文へ
 
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