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|ボスニア・ヘルツェゴヴィナ|トルコの視線に苛立つバルカンの人々

Turkishinfluence in balkan/IPSJ【ベオグラードIPS=ベスナ・ペリッチ・ジモニッチ】

1990年代に旧ユーゴスラヴィア連邦が解体して以来、外国の政治家による発言が、この地域の人々の間に、白熱した激論を引き起こすというということはほとんどなかった。

2001年以来、かつてユーゴスラヴィアを構成した独立諸国の関心は、長きに亘った紛争で荒廃した自国の経済立て直しに専ら向けられており、地政学的な議論は、主に隣接諸国との遅々として進んでいない和解プロセスの分野に限られてきた。

こうした中、トルコのレジェップ・タイイップ・エルドアン首相が先週、「ボスニア・ヘルツェゴヴィナは今や彼の国(=トルコ)に委ねられている」と発言したことから、バルカン諸国(アルバニア、ボスニア、ブルガリア、クロアチア、マケドニア、モンテネグロ、セルビア)に激しい議論が巻き起こっている。

 
エルドアン首相は、先週アンカラで開催された自身が率いる与党公正発展党(AKP)の全国代表者会合において、「ボスニア・ヘルツェゴヴィナは私たちに託されたのです。」と語った。

エルドアン首相は、2003年に死の床にあったボスニア・ヘルツェゴヴィナのアリヤ・イゼトベゴヴィッチ初代大統領を訪ねた際に同大統領が述べた言葉を思い起こし、「彼(イゼトベゴヴィッチ氏)は私の耳元で次の言葉を囁きました。『ボスニア(とヘルツェゴヴィナ)の今後を君(トルコ)に委ねたい。これらの土地は、元はオスマン帝国の一部だったのだから。』」と語った。

Izetbegovic/ Public Domain
イゼトベゴヴィッチ氏は、1992年に始まったボスニア・ヘルツェゴヴィナ独立戦争を指導し、同国の初代大統領になった人物で、2003年、心臓病で死去した。

どんな国であったとしても、国の将来が勝手に外国に「委託された」という話は、国民の激しい反発を招くのに十分である。とりわけボスニアの場合、イスラム教徒のボシュニャク人、カトリック教徒のボスニア系クロアチア人、正教徒のセルビア人を含む多様な民族・宗教コミュニティーから構成されるモザイク国家であることから、エルドアン首相の発言は、一層深刻な反発と論争を引き起こすこととなった。
 
現在のボスニアでは、クロアチア系市民とセルビア系市民が全人口(約400万人)の半数以上を占めており、彼らにとって第一次世界大戦まで500年に亘ったオスマン帝国支配は、ほぼ例外なく「過酷な圧政の時代」として記憶されている。
 
ボスニアのセルビア系政治家からは、すかさずトルコ首相の発言に対する怒りの声が上がった。

スルプスカ共和国
(ボスニア・ヘルツェゴヴィナの連邦を構成するボスニア系セルビア人を主体とする国家)議会のイゴール・ラドイチッチ議長は、「ボスニア・ヘルツェゴヴィナは、(他国に)相続される土地ではありません。」と強調した。一方、ボスニア系クロアチア人の指導者ドラガン・コヴィッチ氏も現地メデイァによるインタビューの中で、「故イゼトベゴヴィッチ氏が、祖国を自分の判断で他国に託せると確信するほど強大な権力を持っていたかは疑わしい。」と、疑問を投げかけている。

またこの論争はインターネットを通じて瞬く間に広がり、地域のウェブサイトはあたかも異なる民族間の言葉の応酬が繰り広げられる戦場と化した呈がある。

反イスラムで団結した(セルビア、クロアチア系等の)非イスラム教徒の市民は、エルドアン発言への怒りと露わにするとともに、ボスニアにおけるイスラム教の影響に対する恐れを公然と語るようになった。

「ボスニアは90年代の紛争以前は世俗国家でしたから、イスラム教徒でない人々にとって、ここサラエボで今日多くの女性がスカーフやアバヤといった伝統的なイスラム風の衣装を身にまとっている光景は、どちらかというと奇異に映るのです。」と、ボスニアの首都サラエボでツアーガイドを営むジアド・ジュスフォヴィッチ(47歳)氏はIPSの取材に応じて語った。

「また一方で(大半の国民の)目にはまだはっきりと見えていないものの、新たな兆候が表れています。例えば、失業者でも定期的にモスクに礼拝に訪れるようになれば資金援助を得られるとか、戦争未亡人が、子どもとともに敬虔なイスラム教徒になれば、最高600ドルの支援を得られる、といった動きです。こうしたイスラム教徒に対する援助は、1990年代にサウジアラビア、インドネシア、マレーシアが始めたものです。」とジュスフォヴィッチ氏は付加えた。

実利的な外交政策

ベオグラードの歴史家スラヴェンコ・テルジッチ氏はセルビアの主要日刊紙「ポリティカ」に、エルドアン首相がおこなった宣言は、「バルカン諸国にとって危険な発言だ。」と述べている。

またテルジッチ氏の同僚セドミール・アンティッチ氏は、トルコの動きを「前代未聞の挑発行為」であり、「ボスニア、クロアチア、セルビア政府は正式に非難声明を出すべきだ。」と語った。

しかしアナリストや専門家から見れば、トルコ首相によるこのような発言は、驚くにあたらないという。

「(エルドアン首相の)発言は、トルコが野心に満ちた外交政策においてバルカン半島との関わりを重視しているという政治的現実を反映したものです。」とベオグラード大学のダルコ・タナスコビッチ助教授(東洋学)はIPSの取材に応じて語った。

トルコ問題を長年取材してきたジャーナリストのヴォジャ・ラリッチ氏は、エルドアン首相の発言は「偶然発せられてものでも、予期されない内容でもない。」と見ている。

「エルドアン首相率いる公正発展党(AKP)は、トルコを、旧オスマン帝国領土だった地域に影響力を及ぼす地域勢力に押し上げたいと努めてきました。従って、トルコ政府が目を向けているのは、ここバルカン半島だけではなく、中東地域やイスラム的背景を持つ旧ソ連構成国も含まれるのです。」と、ラリッチ氏は語った。

タナスコビッチ助教授は、エルドアン首相の発言が、ボスニアにおいてトルコ政府の拡張主義的なものの見方に対する恐れと警戒感を引き起こした点を指摘して、「あの『遺産』発言は、やや逆効果だったと思います。」と語った。

またラリッチ氏は、「トルコの外交政策は、歴史家やアナリストが『新オスマン主義』と呼ぶ高度な実利主義に裏打ちされたものです。」と付加えた。タナスコヴィッチ助教授は、ここの『新オスマン主義』について、イスラム主義とトルコナショナリズム、さらにオスマン帝国主義とも言える「オスマン帝国時代を懐かしむ」外交戦略が融合したもの、と説明した。

ラリッチ氏は、「トルコ外交を特徴づけるものは、この実利主義と言えます。トルコ人は昔から優れた貿易商人として知られていますが、彼らはその才能をいつでも、どこでもいかんなく発揮しているのです。」と付加えた。

サラエボ在住のボリヴォイ・シミッチ氏は、最近寄稿したコラムの記事の中で、「国や人種、民族の違いに関わらず、利益のみに関心を示す民間資本は、未だボスニアには到来していない。これまでのところ、ボスニアはトルコを含む多くの国々が積極的に『政治的な関心』を示してきたのとは対照的に、投資対象としては、まだ十分安定した国とは見られていないのだ。」と述べている。

しかしバルカン半島におけるトルコの経済的プレゼンスを見れば、こうした状況にも今や変化が生まれていることが分かるだろう。トルコ経済省によると、トルコとバルカン諸国間の貿易額は2000年の29億ドルから2011年には184億ドルに拡大している。

同時に、トルコからバルカン諸国への直接投資額は、2002年の3000万ドル規模から2011年には1億8900万ドル規模まで拡大している。

トルコ政府関係者によると、「2011年にトルコが行った海外投資のうち、7%がバルカン諸国向け」で、投資分野は通信、銀行業、建設、鉱業、小売業など多岐に及んでいる。

また、文化面においても、バルカン諸国におけるトルコの存在感はこのところ急速に拡大してきている。

「トルコのメロドラマは、南アメリカの番組よりも人気を博するようになっています。」とタナスコヴィッチ助教授は、IPSの取材に対して述べている。

タナスコヴィッチ助教授は、バルカン諸国を席巻している多くのトルコテレビ番組に言及して、「トルコについて肯定的なイメージを作り上げているのは、まさに(いわゆるソフトパワーと言われる)この戦略なのです。」と語った。

今年2月から6月にかけて「スレイマン大帝」を描いた大河ドラマの最初の55話がバルカン地域で放映されると、数百万人の人々がテレビ画面にくぎ付けになった。

この大河ドラマはあまりにも人気を博したので、様々な社会学者らが、この社会現象の分析に乗り出したほどだった。

「トルコ的な東洋要素とは、この地域の数百万の人々にとって、共通の文化的アイデンティティーや、何百年にもわたって伝えられてきた言葉が持つ共通の要素を思い起こさせる、懐かしい雰囲気を象徴するものなのです。」とラリッチ氏は語った。

またトルコは、ボスニアに2つの大学サラエボ国際大学(IUS)と国際ブルチ大学(IBUを設立している。後者は、トルコのイスラム聖職者イマーム・フェトフッラー・ギュレン師を含む個人有志の支援で設立された学校である。

またラリッチ氏は、「トルコの海岸リゾート地が次第に人気を博してきているのも、トルコとの関係が深まっている表われです。」と付加えた。

従来セルビア人の間で人気の休暇旅行先といえばモンテネグロギリシャであったが、今ではトルコの地中海沿岸リゾート地が3番目の人気旅行先になっており、今年前半期だけでも14万のセルビア人が空路訪れている。そしてこの先数か月に亘って現地を訪れるセルビア人観光客はさらに増加する見込みである。

「トルコは本当に楽しい所だわ。」とイヴァナ・ジュラスコヴィッチさん(40歳)は語った。彼女は今年トルコのリゾート地ボドルムを再訪する予定だ。

sanduk (), kapija (), hajde (さあ来なさい), taman (十分), carsav (リネン), secer (砂糖), kackavalj (チーズ) 或いは kralj ()という『トルコ語』は、セルビア語とも共通しているので、(トルコで)こうした言葉を耳にすると、心が落ち着くのよ。」とジュラスコヴィッチさんは付加えた。(原文へ

翻訳=IPS Japan浅霧勝浩

 

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