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|視点|エボラ出血熱、人権、貧困―そのつながりを見い出す(アリシア・エリー・ヤミン米ハーバード大学公衆衛生大学院グローバル・ヘルス専任講師)

Health workers in an Ebola screening unit in Kenema government hospital, Sierra Leone. Health systems are not just a means for the technical delivery of goods and services; they are part of the core social fabric of societies. Credit: Tommy Trenchard/Demotix【ケンブリッジ(マサチューセッツ)IPS=アリシア・エリー・ヤミン】

西アフリカで発生した壊滅的なエボラ危機は、とりわけ世界的な貧困撲滅活動に対して数多くの教訓を与えている。こうした活動は、2015年に国連で合意予定の「持続可能な開発目標」(SDGs)として知られる一連の目標にまとめられることになっている。

第一に、保健に関する近年の世界的な議論の一部にあった「勝利宣言」的な雰囲気が今回のエボラ危機によって見直されることになるだろう。中には、「感染症などを原因とする予防可能な死をなくすこと」を基礎にして、「北」と「南」、富裕国と貧困国との間で「大規模な収束現象(=健康格差の解消)が一世代の間に起きる」と予測する向きすらあった。

Alicia Ely Yamin第二に、現実に公的医療や効果的な治療へのアクセスに結びつかない国民皆医療保険も、機能するシステムとの接続を欠いた送金も、エボラ出血熱や、それが引き起こしている社会的破壊を止めることにはつながらない。しかし、この両者ともグローバルな貧困への解決策として高く評価されているものであり、SDGの中に入ってくるものと思われる。

また、医療関係者が割り当てと成果に関連づけて給料を支給されることによって、より生産的に振る舞うインセンティブを与えるとされている「質に応じた医療費の支払い(P4P)」制度も機能しないだろう。

これらすべてを見ていくと、危機の第三の教訓にたどり着く。短期的な成果に囚われ、いわゆる「垂直的な」介入(広い文脈からは切り離された介入のこと)を伴う特効薬的な解決策は、実際見てみると、長期的には、あるいは危機に直面した状態では機能しない、ということだ。

人権活動家らは、より公平性を確保し、組織強化に投資し、保健・開発政策によって影響を受ける人々が意味のある参加を果たせるような空間を開き、効果的かつ利用可能なアカウンタビリティ制度(責任を明らかにする仕組み)を構築するように、力関係を変える必要性について議論してきた。

こうした議論は、主流の公衆衛生や開発援助関係者の間では、現実味に欠け、効果が測定不能でユートピア的だとしばしば批判されるが、今回のエボラ危機は、まさにこうした投資がいかに重要かを示している。

保健医療システムは、単に物品やサービスを技術的に提供するための手段というわけではない。保健医療システムは諸社会における中心的な社会構成要素の一部なのである。つまり保健医療制度はその質次第によって、連帯や平等といった社会規範を表現するものにもなれば、社会的疎外を加速するものにもなりえるのである。

CDCによる2014年10月1日時点の流行状況/CDC西部アフリカで最もエボラ危機の影響を受けている3カ国(シエラレオネギニアリベリア)は、保健医療システムがエボラ出血熱発生以前から機能不全に陥っており、人々(とりわけ女性と子ども)がしばしば貧困と阻害に苦しんできた国々でもある。

不適切で、いまや壊滅的な状況にある保健医療システム、そして今回のエボラ危機が教育・住宅・食料の危機に及ぼす波及効果は、基本的な経済的・社会的権利へのアクセス、そしてその享受の問題へとつながっていく。これらは、エボラ出血熱の拡大によって起こりかねない違法な移動制限などの市民権の侵害と並んで、重要な問題である。

Liberia Taking Difficult Decisions to Limit Movement in Ebola Areas/ All Africa.com一方で、人権(市民権及び政治的・経済的・社会的権利)の大規模な侵害がいかにしてエボラ出血熱のような感染症を拡大させているのかを認識することも、同じように重要である。

私たちがこうした西アフリカの国々で目の当たりにしている想像を超えた規模の被害は、単純に疾病の「自然」な病理生理学・流行病学の不可避の帰結というわけでは決してない。

リベリアやシエラレオネが、植民地主義的な搾取の遺産や、近年の腐敗した非民主主義的な政府による収奪に加え、残虐な内戦によって破壊されてきた国であることは、偶然ではない。こうした紛争は、これらの国々における希少鉱物資源を求める強欲な国際需要によって扇動されてきた経緯がある。そして紛争は、共同体を破壊し、家族の単位を壊し、農業や生計、移住のパターンに混乱を生じさせてきた。

また、エボラ出血熱の深刻な影響を受けているこれらの国々の人口の半数以上が厳しい貧困下に生きているのも偶然ではない(シエラレオネで53%、ギニアで55%、リベリアで64%)。先に指摘したように、これらの国々でとりわけ女性と子供が経済的・社会的権利を剥奪されている現実がこうした数字によく表れている。

私がシエラレオネにいた頃は、人間の腸が繋がれていた路上の障害物や暴徒によって手を失った人々が街角で物乞いする姿など、まだ内戦中の恐るべき惨劇のあとが町中の至る所にみられた。

私は内戦終了後にも同国にとどまっていたが、既に人道支援団体はほとんどが脱出しており、取り残された保健医療システムではもっとも基本的な保健上のニーズすら満たすことができない状態にあった。政府施設には基本的な供給や医薬品がなく、医療関係者には縫合用の糸や手袋、流水や石鹸さえなく、手術の際には携帯電話を明り取りに使っている始末だった。

Number of doctors and nurses in ebola affected countries/VOX世界保健機構は人口1万人あたり最低でも23人の医療関係者が必要だと推奨しているが、エボラ出血熱の影響を受けているこうした国々では、医療関係者が絶対的に不足していた。シエラレオネには、エボラ危機の初期段階で、人口1万人あたり0.2人の医師と1.7人の看護師/助産師しかいなかった。

私が2009年に訪問した際には、一次医療(プライマリケア)従事者の5割近くに給料が支給されていなかった。そこで彼らは生きるために違法な医療費を受取り、薬を横流しし、個人取引で蚊帳を売ったりしていた。

このエボラ危機から私たちは教訓を学ばねばならない。つまり、感染拡大が収束するか他に危機が発生してメディアと世論の注目が移れば瞬く間に立ち去っていく外国人に依存した一時的な保健医療体制を作るだけでは不十分だということである。

今回は、これまでのあり方を「通常(Normal)」だと認めないようにしなくてはならない。そして、公的医療措置を含む保健医療システムを強化するための長期的なコミットメントをなすときだ。そうすることで生産性を増し人々の寿命を延ばせるほか、人々の声と主体性を促し尊厳の中で生きる可能性を高めることが可能となる。

さらに、持続可能な開発目標(SDG)をとりまとめるにあたっては、国家間の構造的不平等を加速するようなグローバル経済秩序のルール(例:不公正なグローバル貿易条件)にいかに取組めるかについて十分な検討を加えるべきである。それは、こうした不平等が残されていると、最も順調な時でさえ人々が人権を享有する可能性を制限し、こうした恐ろしい社会的災難の舞台を作り上げてしまうからである。

エボラ危機は、私たちがグローバル化された世界に住んでいることを改めて再認識する契機となった。世界人権宣言に謳われているような「権利と自由が完全に実現されるような社会的・国際的秩序」を促進するような「持続可能な開発アジェンダ」を確立することは、この地球を共有する人々と未来の世代にかかっているのだ。(原文へ

翻訳=IPS Japan

 

 

 

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