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|視点|核時代最悪の行為

David Krieger/ Rick Carter【米サンタバーバラIDN=デイビッド・クリーガー】

以下に記した「核時代の行為ワースト10」は、現代という時代を方向づけてきた。それは、膨大な死と苦しみをもたらし、極めて高くつき、核拡散を促し、核テロや核事故、核戦争への扉を開け、世界を第二の冷戦に引き戻そうとしている。

これらの「ワースト10」は、現代を理解しようとする全ての人にとって有益な情報となるだろう。そして、私たちが直面している核の危険は、米国とその他8つの核武装国の主導と政策的決定によって悪化している。

Nagasaki, Japan, before and after the atomic bombing of August 9, 1945. / Public Domain1.広島への原爆投下(1945年8月6日):最初の原爆は主に民間人が居住する地域に米国によって投下され、約7万人が即死、その年の末までにさらに14万人が命を失った。この攻撃は、この新しい大量破壊兵器を都市に対して使用するとの米国の意思を示したものだった。

2.長崎への原爆投下(1945年8月9日):第2の原爆は、3日前に広島に投下された原爆によって引き起こされた死傷状況を日本の指導層が確認する余地を与えないまま、再び主に民間人が居住する長崎に投下された。長崎への原爆攻撃で、1945年末までにさらに7万人の命が奪われた。

3.単独での核軍拡競争の追求(1945~49):最初の核兵器実験は、1945年7月16日、米国によって実施された。広島への最初の原爆攻撃からわずか3週間前のことだった。第二次世界大戦直後の世界で唯一の核武装国として、米国は核戦力を拡大し続け、1946年にはマーシャル諸島で核兵器の実験を開始した。ここは、国連に代わって統治するように米国に要請されていた信託統治領であった。米国は1946年から58年の間に合計で67回の核実験をマーシャル諸島で行った。これはマーシャル諸島が、その12年間、広島級原爆1.6発相当の爆発力に毎日晒されていたことになる。

Nuclear weapon test Bravo (yield 15 Mt) on Bikini Atoll. The test was part of the Operation Castle. The Bravo event was an experimental thermonuclear device surface event/ Wikimedia Commons4.「平和のための原子力」(1953)の開始:ドワイト・アイゼンハワー大統領は、1953年12月8日の演説で「平和のための原子力」提案を行った。これは、原子力と核物質を、研究と発電の目的で拡散させるきっかけを作ったものだ。これにより、イスラエル南アフリカインドパキスタン北朝鮮などの国々に、核兵器がのちに拡散することとなった。

5.冷戦期の二国間核軍拡競争(1949~91)への関与:ソ連が1949年8月29日に初めての原爆実験を行ってから、核軍拡競争は二国間のものになった。米国・ソ連間のこの核軍拡競争は、世界の核弾頭数が7万発になった1986年に絶頂に達した。文明を何度も破壊するのに十分な量であり、人類の絶滅に帰結しかねないものであった。

6.大気圏内核実験の実施(1945~80):合計で528回の大気圏内核実験が実施された。米国、英国、ソ連は、部分的核実験禁止条約に署名した1963年に大気圏内核実験を停止。フランスは1974年まで、中国は1980年までつづけた。大気圏内核実験によって大気圏内に大量の放射性物質が放出され、人間にガンや白血病を引きおこした。

By International Court of Justice; originally uploaded by Yeu Ninje at en.wikipedia. - International Court of Justice 60th Anniversary Press Pack; transferred from en.wikipedia by Smooth_O using CommonsHelper., Public Domain7.核不拡散条約(NPT)の軍縮条項への違反(1968~現在まで): NPT第6条は「各締約国は、核軍備競争の早期の停止及び核軍備の縮小に関する効果的な措置につき、並びに厳重かつ効果的な国際管理の下における全面的かつ完全な軍備縮小に関する条約について、誠実に交渉を行うことを約束する」と規定している。

NPT締約国である5つの核兵器国(米国・ロシア・英国・フランス・中国)はこれらの義務に違反しつづけている。その他4つの核兵器国(イスラエル・インド・パキスタン・北朝鮮)は、慣習国際法の下で同じ義務に違反している。

8.NPTにおいて原子力の利用を「奪い得ない権利」と規定していること(1968~現在まで):NPT第4条に含まれている「奪い得ない権利」という文言は、原子力発電所の開発と拡大を促進し、核兵器拡散の可能性を高めている。原子力発電所はまた、テロリストの格好の標的でもある。原発によって生まれた放射性廃棄物の長期的な貯蔵に関する適切な計画はまだ生み出されていない。原発に政府が補助金を出すことで、再生可能エネルギー源の開発に必要な資金が奪われている。

Minuteman 3 missile launch/ U.S. Air Force photo, Public Domain9.北朝鮮との交渉妥結の失敗(1992~現在まで):ビル・クリントン政権の間、米国は、北朝鮮による核兵器開発阻止に向けて同国との合意間近までいった。しかし、合意は履行されることなく、ジョージ・W・ブッシュ政権の下では交渉が放棄された。結果として、北朝鮮は2003年にNPTを脱退し、2006年に初の核実験を行った。

10.ABM条約からの脱退(2002):ジョージ・W・ブッシュ政権の下で、米国は一方的に弾道弾迎撃ミサイル制限(ABM)条約から脱退した。これが、北大西洋条約機構(NATO)の東方拡大と相まって、米国によるロシア国境近くでのミサイル防衛施設設置を許すことになった。また、東アジアにも米ミサイル防衛が置かれることになった。欧州と東アジアのミサイル防衛は、これらの地域において新たな核軍拡競争を生み出している。(原文へ

※デイビッド・クリーガーは、核時代平和財団の創設者・会長。

 

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