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異例の厚遇で祖国への定住者を迎えるガーナ

Town hall Meeting with President Nana Addo Dankwa Akufo-Addo at the Ghana Embassy in Washington, DC. Credit: Ghana Embassy, Washington, DC.【アクラIDN=ベンジャミン・テッテー】

ガーナの首都アクラの中心、米国大使館からわずか数メートルのところに、偉大なるアフリカ系米国人の公民権運動指導者W・E・B・デュボイス氏と妻シャーリーの墓がある。「全国有色人種向上協会」の創設者であるデュボイス氏はアクラに1961年に移住して閑静な住宅街ラボネに居を構え、1963年8月に亡くなるまで暮らした。

W.E.B. Du Bois/ Public Domainデュボイス氏のガーナへの転出は、自らのルーツを辿りアフリカ大陸へ回帰したいとのアフリカン・ディアスポラ(新世界の各地に連行されたアフリカ人奴隷の子孫)の切なる願いの表れだったかもしれない。ガーナは、16世紀から19世紀にかけて大西洋奴隷貿易の中心地であった。

ワシントンDCでは2018年9月、ガーナのナナ・アクフォ=アド大統領が2019年を「ガーナ帰還年(Year of Return, Ghana 2019)」にすると宣言した。アフリカ大陸の人々と、各地に離散したアフリカに起源を持つ同胞たちを結びつける試みをさらに加速させるものだ。

立ち上げイベントでアクフォ=アド大統領は、「私たちは、(アフリカン・ディアスポラが)米国人の生活に与えた多大なる成果や貢献について知っています。それから400年というこの象徴的な年に、彼らの存在と犠牲を記念することが重要です。」と語った。

米議会のグウェン・ムーア下院議員(ウィスコンシン州)やシェイラ・ジャクソン・リー下院議員(テキサス州)、アフリカ系アメリカ人の外交官や著名人などがイベントに参加した。

リー議員は、ガーナ政府の取り組みを、2017年に米議会で通過した「アフリカ系アメリカ人の400年の歴史を記念するための立法」と結びつけた。同法の条項には、「英植民地であったバージニア州のポイント・コンフォートに1619年にアフリカ人が到着」してから400年を記念する活動を実施し財政的に支援する歴史委員会の設置に関する条項が盛り込まれている。

ガーナの歴代の指導者は、1957年の独立以来、アフリカ出身者をガーナに帰還させる政策を採ってきた。

Kwame Nkrumah during a state visit to the United States/ Public Domainガーナのクワメ・エンクルマ大統領(当時)は、独立後初の演説で、アフリカの解放を、世界中のアフリカ人がアフリカに帰還するという考え方の中に位置付けた。

ハーバード大学「ハッチンズアフリカ人・アフリカ系米国人研究センター」のヘンリー・ルイス・ゲーツ・ジュニア所長は、「エンクルマ大統領は、アメリカの黒人はアフリカ人の先駆者と考え、ガーナが従来の植民地制度から独立国へと移行していく中で、アフリカ系アメリカ人の奉仕心と能力を活用しようとしていました。」と語った。ゲーツ氏自身、20歳の時に、エンクルマの精神に燃えて初めてガーナを訪れている。

ガーナ議会は2000年に市民権法を成立させて、二重国籍を可能にした。つまり、外国で市民権を獲得したガーナ起源の人々が、希望するならガーナ国籍を取得できるようにしたのである。

同じ年、ガーナ政府は移民法を制定し、「海外に離散したアフリカ人の子孫」はガーナと「妨害されることなく」行き来できるとする「居住権」を定めた。

ヨゼフ・プロジェクト

Map of Ghana独立から50年にあたる2007年、ガーナ政府は、奴隷制廃止200年を記念して、アフリカ出身者のガーナへの帰還を推進する「ヨセフ・プロジェクト」を開始した。

かつてイスラエル政府がホロコースト後に、欧州などに居住していたユダヤ人に対してアプローチしたのと同じく、ヨセフ・プロジェクトは、エジプトで奴隷として売られた後に家族と再会してエジプトの宰相として国を治めた旧約聖書に登場するヨセフにちなんだものである。

アフリカ系アメリカ人社会はアクフォ=アド大統領の取り組みに興奮を隠せない。SNSには、多くの人々が初めて訪れるアフリカへの期待を投稿している。その一人が、メディア関係者で2019年に祖先の故郷を訪ねる予定にしているアンバー・ウォーカー氏である。

ウォーカー氏は、「アフリカ系アメリカ人であることの矛盾は、市民として考えられていない所に自分たちが存在していることにあります。こうしたアフリカ系アメリカ人が祖先の地に自分たちが帰属意識を持てる場所を取り戻すことを支援するガーナの取り組みは素晴らしいと思います。これは、正しい方向への一歩だと思います。」と指摘したうえで、「西側社会の抑圧者たちが、こうした異例の厚遇(=レッドカーペットを敷いて迎える)をこれまでにアフリカ人に差し伸べたことがないことを踏まえれば、(ガーナの取り組みには)胸がすく思いがします。」と語った。

Cropped photograph of Nana Akufo-Addo at the European Development Days forum in Brussels in June 2017/ By Mission of Norway to the EU, CC BY 2.0アクフォ=アド大統領はプロジェクトの発表にさいして、「高度な技術を持った一握りの人々がアフリカに進出して、民衆を略取し奴隷として売り飛ばすことが今後二度とないように、大西洋の両岸でともに協力していかねばなりません。これを私たちの決意としようではありませんか。奴隷制は二度と蘇らせない。二度と蘇らせてはならないのです。」と語った。

しかし、ウォーカー氏は、「奴隷貿易で一部のアフリカ人が果たした役割を大統領が控えめに話しているようだ。」と指摘したうえで、「大統領の言い方では、武器を持って進出してきて黒人を連れ去った白人だけが悪いように聞こえてしまいます。しかし、歴史の真実はそれだけではありません。だからそのこと(=黒人も奴隷制に関与したこと)も認識することが大事なんです。」と語った。

ウォーカー氏は、アパルトヘイト後の南アフリカで実現した和解の形が、かつて祖先が奴隷として売られていった数多くのアフリカの人々を満足させる真実追究と和解のプロセスに示唆するところが大きいのではないかと考えている。

国連は2013年、2015年から24年を「アフリカ系の人々のための国際の10」と定め「アフリカに起源を持つ人々の基本的人権と自由の尊重、保護、達成の促進」をめざすことになった。

この10年の取り組みのテーマは「アフリカに起源を持つ人々:理解、正義、開発」である。

Slave Trade (1650-1860)/ Slavery site「2019年ガーナ帰還年」は、「パナフェスト」と呼ばれる2年毎の「汎アフリカ歴史劇場フェスティバル」と軌を一にして開かれる。会場となるケープ海岸には、ケープ海岸城と近隣のエルミナ城があり、いずれも奴隷貿易時代を象徴するものとして国際連合教育科学文化機関(ユネスコ)の世界遺産に指定されている。(原文へ

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ウィリアム・エドワード・バーガート・デュボイス氏(1868年~1963年)は、南北戦争後のフレデリック・ダグラスやブッカー・T・ワシントンと20世紀のマーティン・ルーサー・キング牧師やマルコムXをつなぎ、1950年代から60年代の公民権運動の礎を築いた人物。

 

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