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|トルコ│前に進むことができない国境の町のシリア難民

 

【イスタンブールIPS=ジェイ・カッサノ】

 

4ヶ月前、世界のメディアは、シリアのバシャール・アサド政権の圧制を嫌ってシリアの人々がトルコ南部に逃げ惑う様子を熱心に報じた。しかし、現在、トルコ国内外でシリア難民の窮状は忘れ去られてしまったかのようである。

6月にシリア軍が国境の町ジスル・アル-シュグール(Jisr al-Shughour)を制圧すると、推定1万人のシリア人がトルコのハタイ県に逃げ込んだ。トルコ政府は、6月以降にも9000人が流入したとみている。しかし、その多くは一時的に滞在しただけで、現在帰国している。10月11日に出され13日に更新された報道発表で、トルコの災害危機管理監は、現在ハタイ県にいるシリア難民は7580人だとしている。

 
一方、シリア政府は引き続き反対勢力に対して断固たる弾圧で臨んでおり、長年同盟関係にあったシリアートルコ両国間の関係は最近著しく悪化してきている。
 
シリア
に対する制裁決議案が4日に国連安保理で否決(ロシアと中国が拒否権を行使)されると、トルコはシリアに対する独自の制裁実施に踏み切った。この決断についてトルコのレジェップ・タイイップ・エルドアン首相は、制裁はアサド政権を標的としたものであり一般市民に影響を及ぼすものではないと繰り返し弁明している。

「トルコ政府は当初、長年の友好関係を頼りにシリア政府との対話を始めました。しかし交渉がうまくいかないと分かると、徐々に制裁へと立場をシフトしていったのです。トルコ政府は、一貫して制裁がシリアの一般民衆に悪影響を及ぼさないよう慎重な配慮をしてきています。」とサバンジ大学のMeltem Müftüler-Baç教授(国際関係論)は語った。

しかしながら、国際メディアの報道をみると、トルコの対シリア制裁については詳細に分析する一方で、国境を越えてトルコに流入している何千人ものシリア難民についてあたかも忘れてしまっているかのようである。

難民は先が見えない状況に置かれている

ハタイ県の住民は、主にトルコ系とアラブ系から成っており、他にかなりの数のキリスト教系住民がいる。ハタイ県は歴史的に長年オスマン帝国シリア領、そして第一次大戦後はフランス委任統治領シリアとされたことから、地域全体でアラビア語は広く話されている。
 
トルコはフランスとの数度にわたる交渉を経て1939年にハタイ地域を併合した。これに対してシリア政府は最近まで、トルコによるハタイ地域併合は違法であり引き続きシリア領であるとの主張をしていた。

こうした複雑な歴史から、多くのシリア人がハタイ県の親戚や知人と強い絆を育んできた。こうしたシリアの住民の中には、ハタイ県の県都アンタキヤに別荘を所有している人々もいる。

3か月前にシリアの首都ダマスカスから逃れてきた難民のラミ・スレイマンさんもそうした一人である。スレイマンさんはパレスチナ人難民の両親の子供としてダマスカスで生まれた。しかしアサド政権の動力的な弾圧を逃れて彼自身も今や難民となったのである。

スレイマン氏によると、彼はダマスカスで経理職員として働いていたが、民衆蜂起が始まると活動家に携帯電話を配布し彼らの連絡調整やメディアとのコンタクトを担当したという。「私はこれ以上シリアにいたら身が危険だと察知し、ハタイ県に逃れてきたのです。」とスレイマン氏はIPSの取材に応じて語った。
 
スレイマン氏は現在アンタキヤの自宅に住んでいるが、シリア難民が外出を許される一日1時間の開放時間に、市内各地のシリア人難民キャンプを訪問することができる。

「市内に住んでいる私が、難民キャンプの所長にキャンプ内の友人や家族といった特定の人物を訪問したいと告げると、入場を許可してくれます。しかしキャンプ内に滞在しているシリア人難民が外出を願い出る場合、詳しい理由を説明し決められた時間内に帰ってこなくてはなりません。それができなければ外出が禁止されるのです。結果的に、殆どのシリア難民がキャンプの中に留まったままになっています。」とスレイマン氏は語った。

また、ジャーナリストは難民キャンプ内に立ち入ることは許されておらず、入場が許可されているのは唯一トルコ政府に近いNGO団体のみである。

スレイマン氏は、トルコ政府がこうして難民の動きを厳格に規制する理由として、「難民キャンプからでてくる情報を管理下に置こうとしているのだ」と確信している。ただし、難民キャンプ内の待遇については、「素晴らしい状態だ」とIPSの取材に対して語った。

「難民キャンプ内には水や食事、医療品など十分提供されており、難民はまともな扱いを受けています。しかし、7500人にのぼる難民の大半は既に4か月以上に亘ってこうした難民キャンプに暮らしているという点を理解してください。すなわち、こうしたキャンプの待遇は難民にとっていい状況かもしれないけれども、根本的には人間の生活じゃないのです。」とスレイマン氏は語った。

シリア国軍による一連の武力介入の波が収まった後、とりわけジスル・アル-シュグール制圧のあと、多くの市民が各々の家に戻った。その他の市民は、一時的によりよい環境を求めてトルコ国境を越えて逃れた。

未だに、シリア難民の大半が果たして帰還できるのか、或いは、いつになったら帰還できるのか、今後の見通しは不透明なままである。

こうした中、トルコ政府は難民の滞在長期化を予想した策をすでに打ち始めている。政府は、各地の難民キャンプ内の就学年齢の子供を対象とした学校を建設している。スレイマン氏は、トルコ当局は長期間に亘る居住に耐えうる校舎を建設していると指摘したうえで、「いくつかの校舎ではインターネット網が敷設されるなど学校施設は素晴らしいものです。また、アラビア語に加えてトルコ語の語学学習課程も用意されています。」と語った。

トルコ語課程が含まれているということは、トルコ政府がシリア難民の長期にわたるトルコ領内滞在を予期していることを示している。

難民キャンプの待遇は称賛に値するが、難民たちは最終的にはシリアへの帰還を望んでいる。彼らの大半は故郷を逃れた際、何カ月にもわたってテントや打ち捨てられた廃屋で生活することになるとは想像していなかったのである。

スレイマン氏は、「私たちはアサド政権の崩壊を心待ちにしています。私たちはこの手で新しいシリアを建設したいのです。今は待つしかありません。」と語った。

世界がアサド政権の崩壊、あるいは自発的な改革を待つ中、シリア人難民たちは、トルコ社会に溶け込むことも、シリアに帰ることもできない境遇に置かれているのである。(原文へ

翻訳=IPS Japan

 

 

 

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