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INPS JAPAN   IDN-InDepthNews - UN INSIDER

核なき世界実現には民衆の圧力が不可欠(尾崎咢堂塾特別シンポジウム)

IDN-InDepthNews東京=浅霧勝浩】

 

「世界の都市と市民の皆さん、団結を!核兵器のない世界実現のために団結を!」秋葉忠利広島市長が耳にしたいのは、まさに世界の隅々にまで響き渡るこのような行動の呼びかけである。

なぜなら秋葉市長は、「都市同士が親しくなると姉妹都市になるが、国同士が親しくなると軍事同盟になってしまう。」と確信しているからである。


「従って、諸都市が有する平和と協力を推し進める能力について、学術研究や教育の分野がもっと注目をすべきなのです。」と、
(財)尾崎行雄記念財団が主催した咢堂塾特別シンポジウム『核なき世界の実現に向けて』に出席した秋葉市長は語った。

 
秋葉氏は、尾崎行雄記念財団の理事であると同時に
平和市長会議(Mayors of Peaceの会長でもある。平和市長会議は、世界の都市が緊密な連携を築くことによって、核兵器廃絶の市民意識を国際的な規模で喚起し、人類の共存を脅かす飢餓、貧困、難民、人権などの諸問題の解決、さらには環境保護のために努力することによって世界恒久平和の実現に寄与することを目的として設立された非政府組織(NGO)である。

世界市長会議は、2010年2月1日現在、134カ国・地域から3562都市が加盟している。また、1990年3月には国連広報局のNGOに、1991年5月には国連経済社会理事会よりカテゴリーII(現在は「特殊諮問資格」と改称)NGOとして登録されている。


今年は1945年8月の広島・長崎原爆投下から65周年にあたり、秋葉市長は2020年夏季オリンピックの広島誘致の可能性を検討している。世界市長会議では、同年までの核兵器廃絶を目指す行動指針「
ビジョン2020」を打ち出しており、その前段階として2015年までの核兵器禁止条約(NWCの採択を目指している。


また平和市長会議では、市民の意思を効果的に反映させる趣旨から国連システムに上下両院を設ける民主改革案を検討している。この案では、従来の加盟国が上院を構成し、下院は世界の200都市(人口の多い100都市と戦争・紛争の過去を持つ100都市)が構成するものとなっている。


こうした提案の背景には、広島、長崎、
ゲルニカ、アウシュビッツといった都市の事例が象徴するように、「歴史を通じて、都市こそが、戦争が人々や環境にもたらす惨禍の矢面に立たされてきた。(だからこそ都市が、国連を舞台に平和構築に向けたや役割を積極的に果たすことができる)」との思いがある。


「ベルギーには第一次世界大戦で史上初めて毒ガスが使用された街があります。」と秋葉市長は語った。「この街の人々は、過去90年に亘って、毎日、犠牲者への追悼行事を行ってきたのです。」


また、広島にも1945年の
原爆投下の時間である8時15分に、-平和への祈りを込めて-鐘を毎朝打つ寺院がある。「私たちは今や、世界を変えるために、国に代わって都市の市民がイニシアチブを発揮する時代に入っているのです。」と秋葉市長は語った。


市民の力

「もし市民の力が結集しなかったら、対人地雷禁止条約やクラスター爆弾禁止条約、グラミン銀行は実現を見なかっただろう。」と秋葉市長は指摘した。

2002年から2004年にかけてジュネーブ軍縮会議日本政府代表部特命全権大使を務めた
猪口邦子氏は、「市民の力」の重要性を指摘した秋葉市長に賛同する一方、自身がジュネーブ軍縮会議議長在任中に経験したエピソードについて語った。「当時、小型武器、地雷、クラスター爆弾による年間の被害者は約50万人に上っていました。しかし各国代表は(被害者の問題が各国の軍事戦略に直接的な影響を及ぼさないことから)当初この問題に対してあまり関心を示さなかったのです。」


「しかし、被害者たちが国連で体験を証言する局面になると、議論の流れが一転しました。こうした被害者たちはNGOの支援を得てはじめて国連に来ることができたのです。私はこの光景を見て、被爆者もNGOの支援を得て、国連で核軍縮の議論の流れに影響を及ぼせるのではないかと思ったものです。」


猪口氏は、被爆者の方々はもとより、全ての武器による被害者に対する民衆の認識を高めること、そして、被害者間の絆を育んでいくことが極めて重要を考えている。


また猪口氏は、バラク・オバマ大統領が、5月に開催予定の歴史的な核不拡散条約(NPT)運用検討会議に先立って、4月にワシントンで核安全保障サミットを主催する決定をしたことを歓迎した。


「通常であれば、この種の会議は大使級レベルで開催するものですが、それを首脳級会合に引き上げていることから、今日の世界において核問題に向けられた優先順位の高さを窺い知ることができます。国際社会に最も効果的なインパクトを残す方策は各国の大統領や首相が共に連携して行動をおこすことですが、まさにそのような舞台が核兵器の問題に関しては、今日出来上がっているのです。」と猪口氏は語った。


猪口氏は、「今後の大きな目標は、米国による包括的核実験禁止条約(CTBT)への批准を実現することです。」と指摘したうえで、「もし米国が批准すれば、CTBT発効に向けた大きな弾みとなるでしょう。もうひとつの重要な目標は、今年の協議期間中に
兵器用核分裂物資生産禁止条約(カットオフ条約)の協議開始に向けた議論を進めることです。」と説明した。

第二の核の時代


韓国ウソン大学学長の
ジョン・エンディコット氏は、「世界はポール・ブラッケン氏が最近の著作で言及した『第二の核の時代』に突入していることを理解することが重要です。」と、本シンポジウムのテーマである「核廃絶」についてさらに異なる視点から見解を述べた


過去200年にわたって、国際秩序は欧米諸国の軍事的優位の下で国際秩序が形作られてきた。その間、軍事力に裏打ちされた「国威の象徴」は、砲艦から戦艦に、そして巡航ミサイルやステルス爆撃機へと時代の流れとともに変遷を繰り返してきた。そして近年まで、こうした武器は欧州及び北米諸国の専売特許であった。「しかし、欧米諸国が最先端軍事技術を独占する時代は今や終わりを告げつつあります。」とエンディコット氏は強調した。


通常弾頭を装着した弾道ミサイルといったいわゆる大量破壊兵器(WMD)は、最先端の軍事技術と共に、今や、イスラエルから北朝鮮に跨るアジア大陸の最大10カ国が入手しようとしており、世界の軍事バランスは大きく転換しようとしている。


エンディコット氏は、こうしたアジアの軍事力の台頭は、第二次世界大戦直後の冷戦期に現出した従来の核の時代とは異なる、「第二の核の時代」の到来を告げるものであると説明した。これまで欧米諸国が作り上げてきた世界秩序は、軍事面のみならず、文化や哲学の側面からもアジア諸国からの挑戦に晒されているのが現状である。


「アジア諸国は、1960年代と70年代に経済分野においてそうであったように、今や軍事分野で自己主張を始めています。こうしたアジア諸国の自信は、欧米の介入に対してたとえそれが平時であってもかつてとは比較にならない高い代償を強いるほどの強大な軍事力に裏打ちされたものなのです。」


「もちろん、長期的な目標は核兵器の全廃でなくてはなりません。そして、どんなに小さなものであったとしても、その目的に向かってあらゆる手段を講じていくことが重要なのです。こうした試みの一例として、限定的非核地帯(LNWFZ)とそれに伴う新たな地域機関の創設といった方法が挙げられます。」、とエンディコット氏は語った。


こうした地域機関は、当該地域の政治・経済・社会開発に関する諸課題を調整する役割を付与されるべきものである。そして「第二の核の時代」に新設されたこうした国際機関は、完全に包括的なものでなければならない。


現存する全ての非核地帯と限定的非核地帯は、
国際原子力機関(IAEAや国連安保理との取引ができるようにすべきである。「つまり、東アジア、南アジア、及び中東を統括する地域機関がこの全体構想の中に含まれなければなりません。」と、エンディコット氏は提言した。

エンディコット氏は、いかなる安全保障システムも、成功裡に機能し続けることができるか否かは、ありのままの現実を直視し変化し続ける環境に適応できる能力の有無にかかっていると指摘した。


「今日の世界において5カ国以上の国々(イスラエル、インド、パキスタン、北朝鮮)が核兵器を保有していることは厳然たる現実です。国際機関もこの現実を直視し受け入れる時期にきています。NPT体制は冷戦期から成功裡に存続してきたイニシアチブではありますが、今日の新たな世界の現実に合わせて自らを再定義しなければならないところにきているのです。」


「国際社会は20世紀とは異なる今日の新たな現実に適応し損ねたとき、恐ろしい代償を払わされることになるでしょう。核なき世界の実現が私たちの手に届こうとしているこの素晴らしい機会を、見過ごすことのないよう、この緊急を要する作業にともに着手していこうでありませんか。」とエンディコット氏は強く訴えた。


絶好の機会

エンディコット氏の提言に、「今こそ核なき世界に向けて行動する絶好の機会です。」と、モデレーターをつとめた梅林宏道氏が賛意を表明した。核廃絶問題の権威である梅林氏は、「今では一般にオバマ大統領の有名なプラハ演説が核廃絶に向けた議論の契機となったと見られるようになったが、実はその源流は2006年にフーバー研究所(マサチューセッツ大学内)で開催されたシンポジウムに遡るのです。」と指摘した。

そのシンポジウムは、当時、
ロナルド・レーガン米大統領ミハイル・ゴルバチョフソ連大統領が、核戦争の勝者はなく核兵器は地上から廃絶されるべきという点で合意に至った1986年のレイキャビック首脳会談から20周年を記念して開催されたものであった。


「核廃絶はどちらかというと複雑な問題です。」「米国のオバマ大統領が核なき世界の実現に向けた努力を公約したこと自体、素晴らしい出来事だが、重要なことは、世界が本当に核兵器の廃絶に向けて動くかどうかは、結局のところ世界の民衆、すなわち私たち一人一人の力にかかっているということを忘れてはなりません。」と、
NPO法人ピースデポ特別顧問をつとめている梅林氏は語った。ポースデポは、軍事力に依らない安全保障システムの構築を目指す非営利の独立平和研究、教育、情報機関である。

一方、猪口元大使は、「国連システムの中で、軍縮問題に唯一の常設機関として取り組むことができるがジュネーブ軍縮会議です。そしてそこでは、次期軍縮条約がカットオフ条約になると考えられています。ところが、全ての構成国である66カ国が『作業文書』に合意しなければ、条約締結に向けた議論を開始できないという規則が大きな障害となっているのです。」と語った。


この全会一致規則を見直そうという議論もあったが、核保有国の同意を伴わない条約を結ぶことの有効性について疑問が投げかけられ、今もこの原則が適用されている。「私が2003年にジュネーブ軍縮会議の議長を務めていた当時、日本政府がカットオフ条約の作業文書を提出して実質的な作業を進めました。この作業文書は、カットオフ条約に向けた公式協議が開始された際には、議論の土台として使用されるものです。」と、猪口氏は語った。


猪口氏は、「ジョージ・W・ブッシュ政権当時、軍縮議論を進めるのは極めて困難でした。ましてやそのような状況下でNPT体制に参加していない核保有国に働きかけることは不可能でした。」


しかしオバマ氏は、大統領候補の頃からカットオフ条約の早期交渉開始に努力するとの公約を一貫して表明し、この公約は、2009年4月のプラハ演説でも確認された。


「こうしてオバマ大統領の登場で、軍縮を巡る議論の流れは一転し、カットオフ条約に向けた公式協議が開始されることが合意されました。その後、オバマ大統領は、医療保険改革など(国内の)多くの難題に忙殺されているようですが、日本の役割は、オバマ大統領に自身の公約を思い出させる努力を継続しながら、米国と協力してカットオフ条約の実現を目指すことだと思います。」と、猪口氏は結論付けた。


核廃絶という極めて重要な問題を取り扱うシンポジウムが、故
尾崎行雄(咢堂)の名に因んだ財団で開催されたことには、特別な意味合いがある。「憲政の父」咢堂の生涯は、日本が、近代主権国家としてのアイデンティティと見出し、議会制民主主義の基礎を構築した19世紀半ばから20世紀半ばの約100年の歴史と重なり合っている。(原文へ


翻訳=IPS Japan