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INPS JAPAN   IDN-InDepthNews - UN INSIDER
すべての形態の平等に銃を向けた男(ウテ・ショープ)

【ベルリンIDN=ウテ・ショープ】Ute Scheub/ Lernhaus der Frauen

 

ムスリムを極端に嫌っていただけではない。彼は、多文化主義を忌み嫌い、女性を嫌っていた。それが、彼の自称「マニフェスト」を貫く赤い糸である。

アンネシュ・ブレイビク[7月22日にノルウェーで起きたテロ事件の容疑者]のイスラム教への敵視は、国家人民主義、原理主義的なキリスト教の考え方に由来している。彼の目的は、男性が女性の上位に、白人が非白人の上位に、キリスト教徒がイスラム教徒の上位に来る階層的な秩序を、崩壊の危機から救うことにあった。

ブレイビクは、男女平等と「ジェンダーの主流化」を達成し男性のアイデンティティーを抹消しようとする「全体男女同権主義」の撲滅を訴えるブロガー"Fjordman"を自身の思想的模範と仰いて、自称「マニフェスト」の中に同氏の主張を数多く引用している。離婚、経口避妊薬、同性愛これらはブレイビクにとって、神の天罰が下るべき憎悪の対象であった。

|軍縮|福島原発危機にあたって、広島を想起する(ラメシュ・ジャウラ国際協力評議会会長)

IDNベルリン/広島=ラメシュ・ジャウラ】

 

前代未聞のマグニチュード9.0の地震と津波に続いて起こった福島原発事故の映像は、2008年5月の私の初めての広島訪問と、2010年9月の2回目の訪問の記憶を呼び起こさずにはいられなかった。

広島平和記念公園
に穏やかにたたずむ像は、広島・長崎の悲劇を二度と起こしてはならないという人類の強い願いを象徴する多くの千羽鶴によって飾られていた。米国がはじめて核兵器を投下した両市では、約25万人が死亡した。皮肉ではないにしても婉曲的な言い回しで、米国はそれぞれの核兵器を「リトルボーイ」「ファットマン」と名づけた。

原爆の子の像」と銘打たれたその像は、65年前、原爆投下とそれに伴う無辜の若い身体を貫通した放射線の犠牲となった、佐々木禎子をはじめとする多くの子どもたちを記憶に留めるものだ。

「復興へ創造的応戦を」(池田大作創価学会インタナショナル会長)

IPS コラム=池田大作】Dr. Daisaku Ikeda/ Seikyo Shimbun

 

人間の心は、妙なる力を秘めている。それは、いかなる絶望からも、「希望」を生み出す力である。最悪の悲劇からさえも蘇生し、「価値」を創造する力である。3月11日に東日本を襲った大震災においても例外ではない。

大地震・大津波の発生後、世界中の方々から、ありとあらゆる形で励ましのお見舞い、真心あふれる救援、支援をいただいた。私たち日本人は、この恩義を決して忘れることなく、道は遠くとも、未来を見つめて、復興への歩みを断固として進めていきたい。それが、世界の皆様から寄せていただいた無量の善意への御恩返しと確信するからだ。

歴史家アーノルド・トインビー博士は、「挑戦と応戦」という法則を強調されていた。

「文明というものは、つぎつぎに間断なく襲いきたる挑戦に対応することに成功することによって誕生し、成長するものである」

今こそ「オープンガバメント」の推進を!-東日本大震災・被災者支援で必要な視点(谷本晴樹「政策空間」編集委員)

阪神淡路大震災があった1995年、後にこの年が「ボランティア元年」といわれたように、東日本大震災のあった本年は、いずれ「オープンガバメント元年」と振り返られる時がくるのではないだろうか。

今回の震災を契機として、「オープンガバメント」と呼ばれる、政府の情報公開と官民の新たな連携が、急速に進んでいる。この流れをより強固なものとし、さらに拡大していくことが、現在の支援活動をより効果的なものにするだろう。そして長引く避難生活での二次被害を防ぐことに繋がるはずである。そこで本稿では、この震災で登場した「オープンガバメント」の萌芽について紹介しつつ、これから乗り越えるべき課題について検討していきたい。

|視点|鄧小平の中国とアラブの専制政治を混同してはならない(シャストリ・ラマンチャンダラン)

 

【ニューデリーIDN=シャストリ・ラマンチャンダラン】

 

アラブの独裁体制に対するとめどもない民衆蜂起の波が、ひとつの問いを呼び起こしている。すなわち、「アラブを席巻している変化の風は、中国の民衆を政府に対峙させることになるのかどうか」という問いである。

中国においてアラブ諸国が直面しているような騒動が顕在化していない背景には、多くの理由が考えられるが、そうした理由は偏見を排除した目で同国を観察すれば明らかに理解できることである。

|軍縮|究極のテロ兵器(デイビッド・クリーガー核時代平和財団所長)

IPSコラム=デイビッド・クリーガー】

 

核兵器は究極のテロ兵器である。それがテロ組織の手にあろうとも、国家の指導者の手にあろうとも。それは、男、女、子どもを無差別に殺す大量殺戮の兵器なのである。多くの人々は核兵器がテロ組織の手に落ちることを恐れているが、誰の手にあっても、核兵器がテロ兵器であることを忘れてはいけない。

核兵器のテロリスト的性格や、それが文明を破壊する能力を考え合わせると、それを多くの人々が現状を受け入れているのはなぜなのか、という疑問が浮かぶ。あるいは、少なくとも、多くの人々が核の脅威を問題視していないのはなぜなのだろうか?私が長年にわたって考え続けてきた問題である。


なぜ核兵器が受け入れられるかと言えば、それは
核抑止の理論のためである。その支持者らは、核抑止は平和を保ってきたし、これからもそうであろうと考えている。この理論は、人間の行動に関する多くの前提を基礎としている。たとえば、政治的・軍事的指導者の持つ合理性である。しかし、すべての指導者が、いつ何時でも、いかなる状況においても合理的に行動するとは限らないことは明白である。この理論の前提は、(指導者間に)明確な意思疎通があることと、報復として核兵器を使用するとの脅しが相手方の指導者によって信じられることである。しかし、我々の知るかぎり、意思疎通は常に明確とは限らないし、思い違いがある考えを形成してしまうこともある。

|軍縮|核保有国のダブル・スタンダード(レイ・アチソン「リーチング・クリティカル・ウィル」代表)

IPSコラム=レイ・アチソン】

 

2月5日、新しい戦略兵器削減条約(START)が発効した。新STARTは、いかなる時点においても核弾頭の配備数を1550発までに制限する米露間の協定である(旧協定では上限が1700~2200発)。しかし、協定では核弾頭保有数までは制限していない。現在、米国が8500発、ロシアが1万1000発保有しているとみられている。

軍備管理や軍縮を求める多くの人々が、STARTはひとつの勝利であるとして歓迎した。彼らによれば、条約は軍縮にはそれほど寄与しないが、実際の削減への道を開き、核兵器二大保有国の関係強化に資するという。

しかし、現実には、条約は核軍縮の未来にとって深刻な帰結をもたらしている。オバマ政権は、米上院による条約批准と引き換えに、核兵器とその運搬手段、関連インフラを今後20年にわたって近代化するために1850億ドルを投資することを約束したのである。同じく、ロシア下院(ドゥーマ)は、新型の戦略攻撃兵器の開発・製造と、戦略的核戦力に必要な研究開発基盤と生産能力の保持・発展にロシア政府が投資を行うという条件付きで、条約を批准した。

|アフリカ民衆蜂起|アフリカの独裁者クラブからメンバーが脱落した(ロセベル・カグミレ)

【カンパラIPS=ロセベル・カグミレ】

 

ウガンダの大半の人々は2つのカテゴリーに分類できる-つまり現政権を恐れる人々のグループと現政権後の生活を恐れる人々のグループである。

現政権を恐れるグループの人々の脳裏には、過去に若者がデモを行った際、首都カンパラに現れた重装備の兵士達の記憶が焼き付いており、デモを行っても暴力で鎮圧されるだろうと考えている。一方現政権後の生活を恐れる人々は、誰が現在の指導者に代わって国政を運営できるか、想像さえできない状況である。

完全に国内の民衆の力で達成したチュニジアの革命の余波は、その後アラブ世界全体に波及した。アフリカの人々はチュニジア、エジプト、アルジェリア、イエメン、スーダンで起こった抗議活動の経緯を注意深く見守った。ウガンダでは多くの人々が、全く信じられないという様子で、テレビ(アルジャジーラ等の国際通信社の放送が受信が可能)に映る諸外国のデモの様子に見入った。彼らは意を決したアフリカの人々が銃の助けもなく政権に立ち向かう姿を殆ど目にしたことがないからだ。

|エジプト|ホスニ・ムバラクの引き際(アーネスト・コレアIDNグローバルエディター・元米国スリランカ大使)

 

【ワシントンIDN=アーネスト・コレア】

 

26年前、もう一人のアメリカ大統領が、米国の同盟国の独裁者に特使を派遣し、独裁政権の幕引きを警告したことがあった。

ロナルド・レーガン大統領は、親友で相談相手のポール・ラクソルト上院議員をフィリピンに派遣し、フェルディナンド・マルコス大統領とのこの困難な折衝にあたらせた。その結果、マルコスは2年後に自由で公正な選挙を実施することに合意した。

収奪と殺しのライセンスをキャンセルする(ジュリオ・ゴドイ国際協力評議会理事・人権ジャーナリスト)

【パリIDN=ジュリオ・ゴドイ】

 

米国のフランクリン・D・ルーズベルト大統領は、非情で腐敗したニカラグアの独裁者アナスタシオ・ソモサ(大統領在職1937年-47年、51-56年)について、「彼は『Son of a Bitch(ろくでなし)』だが、『我々の』ろくでなしだ。」と言ったという伝説がある。
 
 
今日に至るまで歴史家の間では、このルーズベルト大統領の発言について、はたしてソモサについて言及したものか、それとも同じく当時のラテンアメリカ(ドミニカ共和国)における親米独裁者ラファエル・トルヒーリョ(大統領在職1930年-38年、42-52年)に言及したものかで論争が続いている。いずれにしてもソモサもトルヒーリョも実に『Son of a Bitch(ろくでなし)』であったことには変わりがない。
 
 
しかし両者とも生粋の反共産主義者であり、それこそが米国の親しい同盟者となりえる唯一の条件でもあった。そして両独裁者は、その後死ぬまで、ルーズベルトが言及した「『我々の』ろくでなし」であり続けたのである。トルヒーリョは1961年、おそらくCIAが操作したと思われるグループにより暗殺された。一方、ニカラグアの支配者としてソモサの跡を継いだ息子は1979年のサンディニスタ革命で政権の座を追われ、1年後亡命先のパラグアイでニカラグアが放った暗殺者に殺害された。

しかし米国はトルヒーリョ、ソモサとの経験から教訓を学ぶことはなかった。その後の米国歴代の大統領が-或いはこの点について欧州各国政府が-エジプトの独裁者ホスニ・ムバラク(大統領在職1981年-)やチュニジアの泥棒政治家ザイン・アル=アービディーン・ベンアリ(大統領在職1987年-2011年)について類似のコメントをしたかどうかは知られていないが、過去30年に亘って彼らが両独裁者を「我々のろくでなし(Our Son of a Bitch)」と見做していたことは明らかだ。