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INPS JAPAN   IDN-InDepthNews - UN INSIDER

Nuclear Abolition News and Analysis

SDGs for All

Institutional Highlights

|ネパール|王国から共和国となって、人々の生活

 

【レレIPS=マリカ・アリアル】

ネパールが共和国宣言を行った時、カトマンズはにぎやかな祝賀ムードに包まれた。レレでもやや控えめな行進が行われたものの、住民の多くはあまり関心がなかった。レレではこれまでネパール・コングレス党が優勢だったが、4月10日の制憲議会選挙ではマオイストのバルシャ・マン・プン・マガル氏がコングレス党の対立候補ウダイ・シャムシェル・ラナ氏を15,329票対14,011票で破った。

「この辺りの村ではネパールが今や共和国になったと知っているものは少ない。知っていてもそれが何を意味するかを本当に分かってはいない」とスナルさんはいう。スナルさんはかつて、現在の制憲議会で第3位となったネパール共産党統一マルクス・レーニン主義派(UML)の忠実な支持者だったが、数年前にマオイストに加わり、今はレレのダリット解放戦線の書記を務めている。

|ケニア|見放される国内避難民

 

【ナイロビIPS=ナジム・ムシュタク】

ケニアで多くの国内避難民(IDP)が追い詰められている。政府はこれまでの国内避難民支援の政策(『Operation Rudi Nyumbani』)を終了すると発表。国内の難民キャンプを閉鎖し、避難民に対して1、2週間のうちに帰還するよう促している。

ナイロビの『IDPs Advocacy and Policy Centre』のPrisca Kamungi氏は「実際に故郷に戻り再定住できる避難民は僅かである。彼らの多くはキャンプを追い出された後も、市外地の劣悪な状況でテント生活を強いられるだけだ」と、怒りを露にした。

国連によるとケニアにおけるピーク時の避難民の数は35万人から50万人とも言われている。現在、同国全土に設置された300ヶ所の国内避難民キャンプでは30万人を越える人々が身を寄せているという。

イスラエルとシリアが演じる外交劇

 

【カイロIPS=アダム・モロー、カーリド・ムッサ・アル・オムラニ】

8年間の中断を経て、イスラエルとシリアは、トルコを介して、ゴラン高原問題の交渉を再開した。2000年に米国の仲介による交渉が決裂したのは、シリアがイスラエルの全面撤退を求めているのに対し、イスラエルがガリラヤ湖の領有を譲らず、さらには、反イスラエル組織のシリア追放や、米国のシリア駐留を主張したためである。

シリアはゴラン高原を占領された1967年の第3次中東戦争以来、中東地域において対イスラエルの急先鋒となってきた。今回の交渉にあたって、イスラエル側が狙いとしているのは、シリアのイランとの関係、或いはハマス、ヒズボラそれぞれとの結びつきを、解消することである。

|ウガンダ|色褪せる平和への願い、和平交渉決裂

 

【カンパラIPS=ジョシュア・キャリンパ】

 

ウガンダ北部出身のAlfred Bogominは10歳の頃、内戦を避けるためPaicho村から避難した。難民キャンプで20年間過ごしたBogominは先月、生まれ故郷の村に戻った。しかし、このままPaicho村に残るかどうかについては決まっていない。Bogominは「和平協定が調印されれば、父の亡骸をきちんと埋葬することができるのに」と、悔しさを滲ませた。

2006年に始まったウガンダ政府と LRA(神の抵抗軍)との和平交渉は、進度は遅いものの紛争終結に向けて大きな前進になったと見られている。

|エジプト|イスラエルを巡り異なる見解、国民と政府

 

【カイロIPS=アダム・モロー、カレッド・ムーサ・アルオムラニ】

「イスラエルのこととなると、カイロを含め大半のアラブ諸国政府の立場は、国民世論と真っ向から対立する。60年を経て、アラブ人民は依然としてイスラエルとその政策に反対する」。イスラエル建国60周年に際し、著名な歴史家でシオニズムに関する百科事典の著者Abdel Wahab al-Masiri氏は述べた。

エジプト最大の野党勢力ムスリム同胞団のEssam al-Arian議員は「イスラエルはパレスチナの地の犯罪的な占領によって建国され、それは今でも変わらない。1948年の建国はパレスチナの元来の住民の民族浄化でもある」と述べている。

1979年エジプトはイスラエルと和平条約を締結、シナイ半島の返還も実現した。それから30年、両国は正式な外交関係を維持しているものの、パレスチナ人民に対するイスラエルの政策に怒りを覚えるエジプトの世論はその後も変わらない。

|レバノン|ヒズボラ、ベイルート銃撃戦で政治力拡大

【ベイルートIPS=モナ・アラミ】

 

シリアが行ったとされる2005年のハリリ前首相の暗殺以来、シーア派のアマルおよびヒズボラとスンニ派与党の未来運動(Future Movement)との抗争が続いているレバノンで5月7日、生活苦およびインフレ高騰に抗議するデモが両派の暴動に発展。銃撃戦で少なくとも11人が死亡、30人が負傷した。

ヒズボラのリーダー、ハッサン・ナスララ師が、ワフィク・ショウカイール准将を空港セキュリティーの任務から外したこと、政府がヒズボラの通信ネットワークを捜査したことを糾弾し、同暴動は翌8日には政治衝突に発展。ヒズボラ・リーダーは、内閣のこれら決定を戦線布告と糾弾。この発言に呼応するかの様に、首都ベイルートに銃声が響いた。

パレスチナ住民の大量越境に備えるエジプト政府

 

【カイロIPS=アダム・モロー&カーリド・ムッサ・アル・オムラニ】

 

抵抗勢力ハマスのガザ支配が始まった昨年6月以来、米国およびEUの支持を得たイスラエルは同地に対する厳しい輸出入禁止措置をとっている。これにより、ガザの住民約150万人は食糧、医薬品、燃料の欠乏に直面。ガザ市民が必要とする食糧の2/3を提供している国連難民救済事業機関(UNRWA)も、燃料不足により4月末から食糧配給の停止を余儀なくされているという。

抵抗勢力ハマスのガザ支配が始まった昨年6月以来、米国およびEUの支持を得たイスラエルは同地に対する厳しい輸出入禁止措置をとっている。これにより、ガザの住民約150万人は食糧、医薬品、燃料の欠乏に直面。ガザ市民が必要とする食糧の2/3を提供している国連難民救済事業機関(UNRWA)も、燃料不足により4月末から食糧配給の停止を余儀なくされているという。



翻訳/サマリー=IPS Japan浅霧勝浩


関連記事:

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|エジプト|グローバルの影響にさらされるローカル

 

【カイロIPS=アダム・モロー、カレッド・ムーサ・アルオムラニ】

エジプトでは、この数週間、国の助成により一般小売価格の5分の1でパンを配給するパン屋に並ぶ長い列が日常風景となった。インフレの急騰で、基本食料品の国内価格がこの数カ月で3倍に高騰した。

低所得層に低価格のパンを確保しようと、政府は3月、カイロ市内および周辺においてパンの製造と配給の手助けに軍隊と警察を投入すると発表した。その直後にはナジフ首相が国家公務員の15%賃上げを発表した。

|エジプト|ムバラク政権に抗議する第2のデモ

 

【カイロIPS=アダム・モロー&カーリド・ムッサ・アル・オムラニ】

 

カイロから車で2時間の所にあるマハラ市の国営繊維工場の労働者が、食糧価格高騰に見合った賃金の引き上げを要求するストライキを計画。イスラム系の労働党、民主化を求めるケファヤ運動がこれに参加して、4月6日マハラ市では実際にデモは行われなかったものの、別の町で緊急経済支援、政治変革を要求する大規模な抗議行動が勃発した。

治安部隊はデモ鎮圧にゴム弾、催涙ガスを使用。死者3人、けが人多数を出す騒ぎとなった。(カイロを始めとする多くの都市でもデモが計画されたが、治安部隊の出動で実現が阻まれた)

|コンゴ民主共和国|戦禍にまみれ、ようやく訪れた静けさ

【ボゴロIPS=マイケル・ダイバート】

52才の農民マシュー・ニャクファさんは、2003年2月のある朝に起こった出来事をこう振り返る。「連中は銃やナタ、槍や矢で人間を殺していた。人がこっちの方向に走ってくるのが見えて自分も逃げたんだ。でも、3人の子供が家の中で殺されてしまった」。

イトゥリ地方の中央に位置するここボゴロで、この時推定200人が虐殺された。ヌギティ族・レンドゥ族が中心となった武装集団「イトゥリ愛国抵抗軍」(FRPI)がかやぶきの屋根と土壁で作られた家々を破壊し人々を殺して回ったのだ。ボゴロはゲゲレ族・ヘマ族が中心の「コンゴ愛国者同盟」(UPC)の根拠地であった。

ボゴロの虐殺は、金や木材などの天然資源が豊富なイトゥリ地方で数多く起こった殺害行為のひとつである。ウガンダやルワンダも介入したこの内戦は、1998年から2003年まで続いた。